本 「なぜヒトだけが老いるのか」 老後に悩む現代人への提言

2024年9月16日

いきなり下品な話で申し訳ないが、腹上死という死に方がある、残された人は散々だろうが、本人は幸せかもしれない。人以外の動物は死の直前まで生殖能力がある。生殖ができなくなる頃に死の恐怖を覚えずに寿命を終える。だが人間は生殖能力や健康を失くしてからも長く生きる。これは何故だろう。

人だけが老いる理由

生殖能力を失い身体が衰弱するのが老いである。老いは人間だけにある。筆者は、なぜ人は老後を生きるのかを中立進化論と最新のゲノム解析から説明する。

前著「人はなぜ死ぬか」は現代社会に新しい死生観を提言した。死は種の多様性を守るためにある。生物は環境の変化に対応する多様性を必要とするとしてきた。生物は生殖によって遺伝子を次世代に伝える。遺伝子は程よい不安定さを持っているので、生殖時に変異を起こして多様性が広がる。

そのあと親の世代が死ぬことで、次の多様性持った世代が集団の主流になる。多様性は遺伝子の不安定さによって生み出され死によって広がっていく。死ぬ生物だけが進化できるのだ。

中立進化論は、老いは人間だけにあるのではなく、人間が老いがあるように進化した結果だとする。人の生存戦略は集団で暮らすことだ。老いて知恵を蓄えた個体は、災害や自然の驚異に対抗するのに役だった。老いた個体が存在する集団が生き残る確率が高かった。その結果、老いても長く生きる遺伝子が残った。

老いとは遺伝子の劣化である

筆者の生物の死と老いの仕組みについての話は面白い。生命はRNAがあんかけかた焼きそばのように集まり、セパレートドレッシングが加わって誕生した。一つのRNAから始まった生命は、全てRNAとDNAによって進化するようになっている。DNAのコピー方法やRNAの不安定さの記述は難しいが示される例が面白いので読みやすい。

人の細胞は50回しか分裂せず、終われば幹細胞により新しい細胞に置き換えられる。老化した細胞は癌化したり悪さをするからだ。幹細胞は分裂回数の制限がないため老化していく。人の老化は幹細胞の老化に関係する。幹細胞が老化すると、DNAのコピーが上手くできなくなり、身体が老化していく。

生物の遺伝子は多くの種類がある。長生きする人やゾウは長寿と遺伝子を修復する遺伝子を持っている。ネズミは捕食者に食べられて死ぬのを前提にして進化したから長寿の遺伝子を持っていない。ミツバチの女王は働き鉢と同じ遺伝子だが大きさは全く異なる。人の脳と心臓の細胞は入替わらず一生同じ、など興味深い事実がある。

遺伝子がどう老化に関わるか、人の遺伝子は55歳くらいからDNAのコピーのエラーが増えていく。エラーが溜まると色んな機能が低下し身体が衰弱していく。老化が始る。動物は人の55歳くらいの段階で寿命を終えるので老後が無い。人はその後も長く生きないといけない。

人は生存戦略から老後を持つことを選んだが、体が衰弱していく老後は苦しい。現代人は医学の発達により、更に長い老後を持つようになった。今や長い老後をいかに生きるかは大きな課題になっている。

共同体にシニア(老人)は必要だった

筆者は幸せな老後を送るヒントは人が老後を持った理由のなかにある、それを知れば良いという。シニア(老人の年齢の定義は時代や社会で一定ではないのでこう呼ぶ)の蓄積した知恵は、集団の繁栄に大きな役割を果たしてきた。シニアは豊富な知識を持つだけでなく、老いによって体力が衰えるので欲望が減少し利他的になる。利他性は集団の人間関係を調整したり秩序の維持するのに役立つ。

その役割は、家族単位から人口が増えた大きな共同体でより重要になった。人の老後は、蓄えた知恵を社会に利他的に活かすためにあった。だから現代でもそのようにすれば良いのではないだろうか。ただ古代のシニアが数が少ない貴重な存在だったのに比べて、現代の先進国の老人はあまりにも多い。社会制度の充実と医療技術の発達によって、本来なら亡くなっていた人も長生きする。

宝石は希少だから価値がある、希少で無くなっても、古代のような存在価値を見出せるのだろうか。

老後の役割は利他的に生きること

たしかに老人の数が増えると経験や知恵を活かす場所は限られてくる。だが老いと共に得るもう一つのもの、利他性はどこでも活かすことができる。利他的に生きるように進化によって定められているなら、それに従い利他的に生きれば幸せにつながるはずだ。最新の中立進化論がそう教えてくれている。

老後の意味を知れば考えも変わる。老後をより良く生きるヒントはここにある。

Posted by 街の樹