本 「振り向けばアリストテレス」現代の本質を切る「もしアリ」

2024年11月13日

今の日本にもしもアリストテレスが蘇ったら、のお話である。もしドラがヒットしもしトラがほぼトラになって、トランプ氏が大統領に返り咲きした現代に、アリストテレスが転生し女子大生、小説家、政治家や政治家秘書と対話をする。彼は現代人が抱える悩み、恋やスピーチの仕方、政治の在り方などを、ニコマス倫理学、弁論術、政治学を教えながら解決していく。

アリストテレスの哲学に、現代の問題の解決のエッセンスが詰まっていた。彼と現代人の対話を聞くうちに難しいアリストテレスの哲学が分かってくるのが面白い。

アリストテレスと対話する現代人たち

愛の研究は、実際に愛し愛される人間となるものでなければ意味がないのだ。

アリストテレス 振り向けばアリストテレス 高橋健太郎(著) 柏書房

女子大生猫石ナツメは合コンで失敗し「絶対好きな人に好かれる本」を購入しようとする、そのとき変わった格好をした外国人から声をかけられる。その男は「愛は小手先の技術ではない、美しく愛されるためには美しい愛の本質を知って実践しなくはいけない」とナツメを諭す。

彼の言葉は妙に説得力をもっていた。ナツメにすれば身の毛もよだつ恥ずかしい言葉が、なぜか妙に気に入ってしまう。ナツメがあなたは誰かと尋ねると彼はアリストテレスと答えるのだった。紀元前4世紀のギリシアから日本に現れたアリストテレスが最初に話したのが愛を求める女子大生ナツメだった。

アリストテレスとナツメ、ナツメの友人寒月迷子との対話が始まる。アリストテレスはナツメにニコマス倫理学を講義する。愛とはどういうものか、人はどのように愛されるべきか。人は幸福に生きるべきであり、幸福とは徳に従って生きることである。

人はロゴス(理性のようなもの)従って生きれば徳を持てる。徳は不足でもなく過剰でもなく中間であるのが正しい中間はどこか、それはロゴスが教えてくれる。徳は身につけられる。古代の大哲学者と現代の女子大生の会話が妙に噛み合い、読むほうも納得してしまう(作者が噛み合わせているのだから当然だが)

人は徳ある者のように振舞うことで、徳ある者になるのだ。

同著

ナツメは、対話を続けるうちに恋する先輩から愛される徳を持とうと決心する。アリストテレスは、その後ナツメ以外の色んな職業の人達と対話をして相手の悩みを解決していく。彼と対話した人たちは悩みの答えを得ただけでなく新しい生き方を見つけるのだった。アリストテレスと彼らのユーモラスな対話が続いていく。

恋に悩む女子大生        ニコマス倫理学

スピーチが下手な編集者         弁論術  

スキャンダルに巻込まれた政治家の秘書  政治学

泣かせる小説が書けない落ち目の小説家   詩学  

アリストテレスの日記          問答集 

心霊研究家              形而上学

アリストテレスと現代人の対話

政治とは、人間にとっての善、つまり幸福を作り出す技術であり、だからこそあらゆる技術の中でも最も重要な技術である。また政治とは、正しさを作る技術でもある。この場合の正しさとは、人間の間の平等である。

同著

政治家秘書の坂上雲助は政治活動に疑問を感じていた。坂上は「政治とは人にとっての善を作り出す技術であり、中間層の人々のためにされるべきである、そうすれば極端な政治は避けられるのだ」という政治論に引き込まれる。アリストテレスは、政治学を坂上が仕える代議士刈屋にも講義する。「意図的に法を犯すのは不正である、政治を不安定にするのは不平等である」代議士と秘書は新しい政治を行いたいと思う。(政治がうまくいかない)

古代ギリシアの奴隷制は考慮しないといけないが、現代でもアリストテレスの政治論は十分通用する。古代でも現代でも極端な政治は避けるべきなのは変わらない。

弁論術 詩学 形而上学

アリストテレスはスピーチが苦手な出版社員来島ノブに弁論術の講義を行い(スピーチをうまくやりたい)泣ける小説が書けないと悩む作家に詩学の講義を行う(泣ける小説が書きたい)問答集では二日酔いのアリストテレスが自分自身と対話する(二日酔いを直したい)アリストテレスの登場で混乱する社会の状況は形而上学で説明する(まったく、いったいなんなんだ)

そんな活躍をするアリストテレスは何故かメン・イン・ブラックのような男たちに追われている。彼らから逃れながら、あるときは倉庫の管理者あるときは中華料理屋の店員と色んな仕事をしながら対話を続ける。

難しいアリストテレスを面白く読ませる

誰でもアリストテレスの名前は知っているが著作を読んだ人は少ない。著作は内容がとにかく難しい。この本の筆者高橋健太郎氏は、難解な哲学を現代を舞台にした短編小説に仕上げた。読み進めるうちに難解な哲学がなんとなく理解できる。

アリストテレスは古代ギリシアにおいて万学の祖と言われる業績を残した。彼は人に一番必要なものは徳であり、徳は極端をさけ中間であらねばならないとする。その思想は現代でも十分に通用する。彼は紀元前に人はどう生きるべきかの答えをを出していた。

現代は、極端から極端に走りやすく社会が分断された時代と言われ中庸や寛容が忘れられがちだ。現代人はアリストテレスのいう中庸を良しとする哲学を学び、極端を避ける必要がある。それを教えてくれる一冊である。

ナツメと迷子はアリストテレスと分かれるとき、ユニムラのハイパーストレッチのチノパンとい白いワイシャツをプレゼントする。ヒマティオン(古代のギリシア服)を着ているはずのアリストテレスが、白いワイシャツとチノパン姿で書店にいたら愉快だろう。

Posted by 街の樹