本 「振り向けばアリストテレス」もしアリが現代の本質を切る

2024年3月8日

もしもアリストテレスが現代の日本に蘇ったらのお話である。もしドラがヒットし、もしトラがほぼトラになる現代にアリストテレスが転生し、女子生、小説家、政治家や政治家秘書と対話をする。彼は現代人が抱える、恋やスピーチの仕方、政治の在り方などの悩みを、ニコマス倫理学、弁論術、政治学を語りながら解決する。

アリストテレスの哲学には、現代の問題の解決のエッセンスが詰まっている。彼と現代人の対話を聞くうちにとかく難しいアリストテレスの哲学が分かってくるのが面白い。

アリストテレスと対話する現代人たち

愛の研究は、実際に愛し愛される人間となるものでなければ意味がないのだ。

アリストテレス 振り向けばアリストテレス 高橋健太郎(著) 柏書房

女子大生猫石ナツメは合コンで失敗し「絶対好きな人に好かれる本」を購入しようとする、そのとき変わった格好をした外国人から声をかけられる。その男は「愛は小手先の技術ではない、美しく愛されるためには美しい愛の本質を知って実践しなくはいけない」とナツメを諭す。

彼の言葉は妙に説得力をもっていた。ナツメにすれば身の毛もよだつ恥ずかしい言葉が、なぜか妙に気に入ってしまう。ナツメがあなたは誰かと尋ねると彼はアリストテレスと答えるのだった。紀元前4世紀のギリシアから日本に現れ、最初に話したのが愛を求める女子大生ナツメだった。

ここからアリストテレスとナツメ、ナツメの友人寒月迷子との対話が始まる。アリストテレスはナツメにニコマス倫理学を講義する。愛とはどういうものか、人はどのように愛されるべきか。人は幸福に生きるべきであり、幸福とは徳に従って生きることである。

人はロゴス(理性のようなもの)従って生きれば徳を持てる。徳は不足でもなく過剰でもなく中間であるのが正しい中間はどこか、それはロゴスが教えてくれる。徳は身につけられる。古代の大哲学者と現代の女子大生の会話が妙に噛み合い、読むほうも納得してしまう(作者が噛み合わせているのだから当然だが)

人は徳ある者のように振舞うことで、徳ある者になるのだ。

同著

ナツメは、対話を続けるうちに恋する先輩から愛される徳を持とうと決心する。アリストテレスは、その後ナツメ以外の色んな職業の人達と対話をして相手の悩みに答えていく。対話した人たちは悩みの答えを得るだけでなく新しい生き方を見つけるのだった。アリストテレスと彼らのユーモラスな対話が続く。

恋に悩む女子大生        ニコマス倫理学

スピーチが下手な編集者         弁論術  

スキャンダルに巻込まれた政治家の秘書  政治学

泣かせる小説が書けない落ち目の小説家   詩学  

アリストテレスの日記          問答集 

心霊研究家              形而上学

アリストテレスと現代人の対話

政治とは、人間にとっての善、つまり幸福を作り出す技術であり、だからこそあらゆる技術の中でも最も重要な技術である。また政治とは、正しさを作る技術でもある。この場合の正しさとは、人間の間の平等である。

同著

政治家秘書の坂上雲助は政治活動に疑問を感じていた。彼は政治論「政治とは人にとっての善を作り出す技術であり、中間層の人々のためにされるべきである、そうすれば極端な政治は避けられるのだ」という言葉に引き込まれる。アリストテレスは坂上が仕える代議士刈屋にも政治学を講義する。「意図的に法を犯すのは不正である、政治を不安定にするのは不平等である」、代議士と秘書は新しい政治を行いたいと思うようになる。(政治がうまくいかない)

古代ギリシアに奴隷制があったのは考慮しないといけないが、アリストテレスの政治論は現代でも十分通用する。古代でも現代でも極端な政治は避けるべきだ。現代の民主主義国はその政治学を完全でなくても実現しているようだ。

弁論術 詩学 形而上学

スピーチが苦手な出版社員来島ノブに弁論術の講義を行い(スピーチをうまくやりたい)泣ける小説が書けないと悩む作家には詩学の講義を行う(泣ける小説が書きたい)二日酔いのアリストテレスが自分自身と対話する問答集(二日酔いを直したい)アリストテレスの登場で混乱する状況を形而上学で説明する(まったく、いったいなんなんだ)と対話を続ける。

そんなアリストテレスは何故かメン・イン・ブラックのような男たちに追われている。彼らから逃れながら、あるときは中華料理屋の店員というように色んな仕事をしながら対話を続けるのだった。

難しいアリストテレスを面白く読ませる

アリストテレスの名前は誰でも知っているが著作を読んだ人は少ないだろう。内容はとにかく難しい。筆者高橋健太郎氏は、難解な哲学を現代を舞台にした短編小説に仕上げて分かり易くしている。読み進めるうちになんとなく理解できてくる。

アリストテレスは古代ギリシアに万学の祖と言われる業績を残した。人に一番必要なものは徳である。徳は極端をさけ中間であらねばならないとする。それは現代でも十分に通用する教えである。人はどう生きるべきかについて紀元前に答えをを出していた。

現代は極端から極端に走りやすい時代になっている。分断した社会とも言われる。中庸や寛容は忘れられがちだ。現代人はアリストテレスの中庸を良しとして極端を避ける哲学を学ぶ必要がある。その哲学を面白く学べる一冊である。

ナツメと迷子は、アリストテレスに、ユニムラのハイパーストレッチのチノパンとい白いワイシャツをプレゼントして別れる。チノパンのアリストテレス、ヒマティオン(古代のギリシア服)を着て書店にいるアリストテレスを比較すると愉快になる。

Posted by 街の樹