本 「室町は今日もハードボイルド」 私たちのなかに潜む室町時代のエネルギー
これは私たちのご先祖の話である。筆者は日本各地に残された古文書からいろんな人物を蘇らせた。その人物たちはおとなしい現代人から想像もできないくらい破天荒に生きている。室町時代はタイトル通りハードボイルでアナーキーな世界だった。それがなんとも面白い。

滋賀の桶屋は蓮如を守るために比叡山の僧兵と戦う。岡山の荘園の管理人はカワウソ(まだ生存していた)の肉を食らいながら農民の妻たちを次々と犯していく。まことに破廉恥である。地方豪族は倭寇と組んで、李氏朝鮮に偽の外交団を送り賜品を騙しとる。夫に浮気された妻たちは浮気相手の家に討ち入って家を破壊する・・・もう何がなんだかわからないくらい元気が良いのだ。
室町人は、エネルギッシュでポリコレを恐れて縮こまっている現代人を小さく見せる。だが彼らはまぎれもなく私たちのご先祖様なのである。現代人のなかに彼らの荒ぶる遺伝子は眠っている。その室町のエネルギーを現代社会に開放する術はないものか。
中世は沸騰し、ご先祖様は元気だった
室町時代は平安の貴族社会から武家社会へ急激に変化した時代である。政治権力は貴族から武士に移った。経済は米や塩の物々交換から貨幣経済へ変わりつつある。司馬遼太郎なら「この時代、日本は沸騰していた。貴族も武士も商人も農民も、みんなが熱に浮かされたように走っていたのである、それが室町という時代だった」と書いたかもしれない。
私に馴染みのある中世の人々は、おおむねそうした徳目とは無縁、もしくはそれらの希薄なものたちだったのである。教科書作成者がそれを意図的に行っているとしたら、それはそれで優れて鋭敏な配慮と思わざるをえない。
確かに中世を生きた人びとのなかには「道徳」的な人物は少ない。むしろ、そうした私たちの既存の「常識」や「道徳」の埒外にあることが、中世人の最大の特徴であり魅力なのである。
室町は今日もハードボイルド 清水克行(著) 新潮社
社会は、武士が権力を掌握したが、貴族や寺院、神社などの古い権威もまだまだ力を持っていた。農民は武装して戦う気概を持っている。商人たちは貨幣経済の発達によって力をつけていた。室町は多くの権力が入り混じるカオスの社会だった。暴力が支配する社会でもあった。現代で言えば、麻薬組織が跋扈する中南米や反政府組織が争うアフリカに似ている。その社会は野蛮で残酷だが共有するルールはあった。
そんな混沌のなかから日本という国が形成されようとしていた。筆者が蘇らしたのはその時代の古文書に実在する人物や事件である。登場人物はまるで小説の主人公のようだ。
第1部 僧侶も農民も荒ぶる中世人
中世の人は悪口を言い合いあった。悪口の語彙が少ないと言われる日本語だが、室町時代は沢山の悪口があった。ときには裁判になるほど争った。昭和の子供が言った「お前のかあちゃんでべそ」も室町に出来た悪口だ。おまえの母親は他人に臍をみせるふしだらな女だという訳である。母親の悪口は古今東西時代を問わず効果的なようだ。フランス代表のジダンはワールドカップの試合中にそれを言われ頭突きをかましてしまった。

使うのは口だけではなく武力も使う。瀬戸内や琵琶湖は海賊が存在して旅人を襲った。大津の顔役の桶屋は蓮如のために比叡山の僧兵と大立ち回りをする。琵琶湖北部の二つの村は50年に渡り争い続けた。力は正義であり秩序を維持する手段だった。今の琵琶湖の静まり返った風景を見ると争い続いたとは信じられない。戦いの歴史は古文書にしっかり残されている。
村はときに幕府とも対立した。代官が一方の村の申し立てを認めると、もう一方の対立する村は贔屓をしたと激怒して殺し屋を雇って代官を暗殺しようとした。代官は難を逃れる。その代官はなんと徳川家康のご先祖だった。小さな村の争いが日本の歴史を変えたかもしれなかったのである。
第2部 細かくて大らかな中世人
経済も大きく変わりつつあった。人々は変化をおおらかに受け入れていった。銭の勘定方法や枡の大きさもその一つである。寺社や農民はそれぞれの基準のサイズの枡を使っていた。升によって一升は九合だったり13合だったりした。それはそれで通用したのである。
お金もそうだ。銭100文は1文銭100枚が縄で一括りされていた。一括りであれば93枚でも95枚でも100文で通用した。しかしバラバラにしてしまうと枚数分の価値になる。括られた93枚は100文だが、バラ銭になると93文になった。バラ銭にするのは勇気がいる。僧侶が悩む姿も古文書に残されている。
元号もまたおおらかだった。地方政権が自分の都合で勝ってに作ることがあった。関東地方はフロンティアで経済が猛烈に発達していた。そんな地方で元号が盛んに作られた。常に人手不足だったので人身売買も頻繁に行われた。ただ子供を飢えから救う手段としても使われた。
室町幕府の支配は細部まで行き届かなかった。社会には多くの権威が多元的・多層的に存在したからだ。その支配の穴を利用して外交でも凄いことやっている。地方の豪族は、倭寇と組んで李氏朝鮮に偽の外交使節団を送った。目当ては使節団に下される土産である。
朝鮮の外交文書に使節団の記録が残っている。だが日本の記録に使節団は全く存在しない。使節団の団員の名前も実在しないものや実在の人物の名前の一文字だけを変えたものである。明らかに偽物だった。彼らはそんな名前を使って、独立した王朝に幕府の使節団として堂々と乗り込んでいったのだ。その度胸に呆れてしまう。それを百年間に13回もやっている。
第3部、中世人、愛のかたちと死生観
室町は女性も荒ぶる。妻たちは夫の浮気に腹を立てると仲間の女性たちと一緒に愛人の家を集団で襲った。愛人の家をめちゃめちゃに壊しのである。これは「うわなり打ち」という女性の権利だった。日本女性は可愛いを売りにしているがこんな荒ぶるミームが潜んでいる。男は知っておくべきだろう。
セクハラもあった。岡山の荘園に派遣された東福寺の役人はニホンカワウソの肉を精力剤にして荘園で働く農民の妻を次々と襲ったのである。困った農民たちはその悪行を東福寺に訴えた。農民が処罰を嘆願した告訴分は残るが役人が罰せられた古文書は残っていない。やられ損だったかもしれない。
死生観についての資料も多く残されている。織田信長、松永弾正、高山右近、当時のお坊さんが、他家に預けられる人質の命をどのように考えたか、今とは考え方がずいぶん違うのである。死は今よりはるかに身近だった。
第4部、過激に信じる中世人 、虹がでたらその下で市を開く
第4部はアマゾンで売られている藁人形から始まる。中世の信仰は過激だった。仏教徒は激しく戦った。加賀の一向宗は国主冨樫氏を追放し100年間自治を行い、石山本願寺の門徒は織田信長と戦い続けた。呪いや祓いを職業にする者も多かった。朝倉孝景や上杉謙信などの武将が呪詛の標的にされた記録も残っている。

中世人のエネルギッシュな生き方を学ぼう
室町から戦国時代は、戦乱や飢饉が続く厳しい時代だったが日本の歴史上最も活気があった時代だろう。人生で言えば、青春の真っ只中、真面目な少年がエネルギーを持て余し不良になりバイクをかっ飛ばすような時期だった。銀の算出量は世界一、鉄砲の保有数も世界一、東南アジアに日本人街をつくり欧州まで使節団を送った。その時代に生きた人たちは良くも悪しくも精力に満ち溢れていた。そのエネルギーが日本の骨格を作ったのである。
熱気は江戸時代になると急速に冷めて落ち着いた文化が形成された。しかし室町の荒ぶる遺伝子は潜んでいた。明治になると再び爆発する。日本人はアジアに膨張して太平洋戦争を起こしてしまう。戦争に敗れてまた静かになったが今度は経済を武器に世界に爆発する。日本企業の社員は世界中を駆け巡り膨大な富を蓄積した。そしてバブルが崩壊、遺伝子は再び沈黙している。
現代日本人は室町人と比べると小さく萎縮しているように見える。ハメを外したり余計なことを言うとメディアやSNSにこれでもかというほど叩かれる。そのためか日本全体が小さく萎縮してしまっている。現代人に眠る中世の荒ぶる魂を解放し、もっとおおらかな生き方法があるのではないか。そんなことを思う一冊。







最近のコメント