本 「その日暮らし」の人類学 もう一つの資本主義

2026年5月22日

「「その日暮らし」の人類学 もう一つの資本主義経済」は、人類学者、小川さやか氏のタンザニアでのフィールドワークから生まれた。そこには知らない生き方ともう一つの資本主義経済があった。資本主義の先進国で暮らす人たちは、小さい頃から将来に備えて勤勉に働くように教育される。資本主義は常に効率化と生産性を上げることを求める。今を犠牲にして未来に備えることが当たり前になる。

その典型が日本である。社会は怠け者やフリーライダーを排除する。若者は老後に備えて働くが、理想の老後が得られないと心配して絶望する。世界は勤勉主義者と怠け者主義で成り立っている。勤勉主義者は怠け者に憧れ、怠け者は勤勉主義者に憧れる。勤勉主義者からすれば「その日暮らし」の人達は怠け者だ。だが幸福度は高く見える。

アフリカ 未知の大陸 photolibrary

Living for Today  今しか考えない人達

話はアマゾンのピタハンという種族から始まる。ピタハンは何も持たない。道具や保存食を持たない。神話も無ければ儀式もない。言葉は色の名前も左右もない。過去や未来を表す単語が無い。過去がこうだったからこうしようとか、明日のために準備するという概念自体が存在しない。現在のみに生きている。ちょっと何を言ってるか分からないが、彼らは幸福に暮らしている。

タンザニアに住む農耕民族トングウェ人はできるだけ少ない努力で暮らそうとする。将来に起きることは起こったときに考えれば良い。今心配する必要はない。農業はするが作物は最小限を育て蓄えは持たない。彼らは食物を分け合う。多く作ると他人に分け与えないといけない。それなら食物を持たなくてもも同じだ。有るものだけで暮らせばよい。

Living for Today  「その日暮らしの人類学」

目標や職業的アイデンティティを持たず、浮遊・漂流する生き方は、わたしたちには生きづらいようにみえる。だが、「カネがない」の意味で「困難な人生」と語られることは多くても、前へ前への生き方に特別な不安感や空疎さを重ねる言葉をほとんど聞いたことがない。

                             「その日暮らし」の人類学 もう一つの資本主義経済

筆者はタンザニア北西部、ビクトリア湖の湖岸の都市ムワンザで15年渡り調査を行った。住民の多くはマチンガと呼ばれる零細商人である。彼らは小規模な商売で生計を立て暮らしている。過去は考えず前へ前へと進んいく。彼らは物質的な豊かさに恵まれなくても精神的に豊かである。終身雇用や年金制度の崩壊に怯えて絶望する日本の若者とはずいぶん違う。彼らにとって、未来は心配をする対象でなくて何かを始めるチャンスなのだ。

若者は仕事は仕事と割り切り気軽に職業を変える。お金に困ったら知人に金を借りて凌ぐ。自分にお金があれば他人に貸す。貸した借りたで毎日を過ごす。お金が溜まると小さな商売を始める。その商売は計画的に始めるものでなく、その時次第、思いつき次第である。商売が上手くいくとそのノウハウを他人に教えてしまう。大勢の人がその商売に殺到して、儲からなくなるが誰もノウハウを隠そうとは思わない。

それどころか借金を頼まれると商売の元手として溜めた金も貸してしまう。みんながそうするので、お金は貸したり借りたりで仲間の間をグルグル回って暮らしていける。彼らはお金を借りるより貸した金を督促するのに罪悪感を感じる精神性を持っている。養った経験と人的ネットワークを使って仕事を探していく。そこに未来に対する不安はない。その日が乗り越えられれば良いのである。

アフリカ 携帯が全てを解決する photolibrary

筆者は、その生き方の例として、研究助手のブクワと妻ハディジャの生活を紹介している。彼も妻も少額の資金を得ると次々と商売を始める。上手く行きそうになっても失敗することが多い。しかし彼らはめげることなく前へ前へ進む。彼らや友人が始める小さな商売は、企業を主体とした既存の資本主義とは異なる資本主義経済を生み出している。それは遠く中国までつながっている。

インフォーマル経済のダイナミズム

東アフリカの商人は中国で商品を仕入れてアフリカで売る。その取引は個人対個人が原則で企業が行う経済と区別してインフォーマル経済と呼ばれる。契約に基づいた企業間取引をフォーマルな経済とすると個人の形にとらわれないインフォーマルな経済である。個人の商売だから一つ一つは小さいが、多く人の商人が集まるので「下からのグローバル化」と言われるほどの巨大な規模になっている。

その商売はネズミやゾウの道に例えられる。最初の商人が歩く道はネズミの道のように限りなく細い。商売が成功すると大勢がそこに殺到する。誰も商売のノウハウを隠さない。道はゾウが歩くくらいに広く太くなる。今インフォーマル経済は大きなゾウの道になり、世界のGDPの3割に迫らんとしている。

そこで扱われる商品は、コピー品や粗悪品、知的財産権を無視した何でもありで製造される。日本に「安物買いの銭失い」という言葉にあるように、日本人は「少々価格が高くても品質が良くて長持ちする物」を選ぼうとする。だが、アフリカの人は「どうせ、すぐ買い替えるから壊れやすい物でも良い」「お金が無いけど早く欲しいから安物で良い」である。アフリカの市場は安かろう悪かろうを求める。偽ブランドも正しく作られていれば本物だ。

その日暮らしがつくるもう一つの資本主義 インフォーマル経済

インフォーマル経済は2000年代に中国が世界の製造工場になってから急速に拡大した。タンザニアの商人は香港を窓口にして広州や深圳ヘ向かう。広州はかつてシンドバットが住んでいたが今はアフリカ人がたくさん住んでいる。彼らが求めるのは中国企業が作る小ロットで廉価な商品だ。それを作るのが山塞企業だ。山塞とは山賊の要塞のことである。山賊の同じで法律を気にしない。コピー品や廉価品、携帯電話をあっという間に作ってしまう。

商売は原則、個人対個人の信用取引である。そこにあるルールは「法律には違反するかもしれないが、社会的には認められる」だけである。まさに生き馬の目を抜くような世界だ。西欧的な知的財産権、契約書、品質保証や品質管理などは気にしない。詐欺にあってもや騙されても騙された方が悪いのである。それゆえに山塞企業はダイナミックな開発力と価格競争力を持っている。作る方も買う方もそんなところでその日暮らしをしている。

日本でインフォーマル経済の実態が報道されることはほとんどない。だからアフリカの市場や中国経済の強さの本質を理解できない。その実態をこの本は教えてくれる。インフォーマル経済を分かり易く説明している。チョンキンマンション、ムーンライト企業、リアルコピーなどの聞き慣れない言葉に触れるたびに理解が深まる。

昨今、中国政府が経済援助や投資にすることでアフリカ諸国との関係が強まっているばかり言われるが、昔から東アフリは庶民の商売で強く結びついていたのである。アフリカ人はもとから中国人と仲が良い。アフリカ人もと中国人のその日暮らしの思考がインフォーマル経済を形成した。

資本主義は本来将来を心配して資本を蓄積する。常に未来を見ている。だがインフォーマル経済は未来よりも現在を重視する。個人一代の経済なのである。筆者はそれをもう一つの資本主義と呼ぶ。

タンザニアの人たちのその日暮らし

誰でもいいから助けてくれないかと、アドレスの順に沿って電話する。毎日のように金を送り合っているので、たまに誰からいくら借りてだれにいくら貸しているのか混乱する、ただ、その時々に金を持っていた誰かが食い扶持をくれたことに変わりがない。自分だって金があるときそうしている。

                                            キオスク店主 20代なかば 同著

タンザニアの人たちの思考法はこの言葉につきる。タンザニアの「その日暮らしの生活」は気軽な貸し借りで成り立たっている。借りるのも貸すのも当然だ。日本でもお米や醤油を気軽に貸し借りをした時代があった。哲学者ナタリー・サルトゥー=ラジュやマルセル・モースは共同体は貸し借りの概念が重要という。それができる社会は住みやすい。その当時の暮らしは今より精神的に豊かだったように思える。

日本は他人に物を借りるのは恥とする。いつも他人に迷惑をかけないように生きている。職場では生産性向上や高品質を考え家に帰れば老後の心配をする。将来のお金を貯めるために今を犠牲にするのは当然と教えられる。まるでイソップ物語の「アリとキリギリス」のアリだ。

ビル・パーキンスは著書「DIE WITH ZERO」で問いかける、アリはいつ遊ぶことができるのだろう。日本人はいつ楽しむのだろうか。日本は、技術が発達して豊かになったが、その結果追い詰められている。

「その日の暮らしで生きていく」社会は世界中にある。物質的には貧しいけれど幸せがある。タンザニア人は仕事に縛られず友人と携帯電話があれば十分だと暮らしている。日本人から見ればなんとも自由な生活だ。彼らは遠い将来のことは心配しない。心配しないで前進する。出来なくなるまで前へ進む。できなくなるのは何時か、それはおのずから分かるそうだ。

毎日が息苦しい人、中国とアフリカの経済関係に興味のある人にお勧めの一冊。


Posted by City Tree