日本人の考え方 靴を脱ぐ理由

2025年12月7日

家の中で靴を履かない。日本ではそれは当たり前のことです。敷布団がベッドになり、床が畳からフローリング変わり草履が靴に変わっても部屋では断固として靴を脱ぎます。近代になって生活様式が欧米風になってもそれは変わりませんでした。靴を履いたまま部屋のあがるのは「土足」といって大変失礼な行為になります。

美しい日本家屋の上がり方

なんでも堅苦しい日本のこと靴を脱ぐにも作法があります。子供たちは小さい頃にそれを母親から習います。昭和の時代、母と娘が友人宅を訪問したときの様子を再現してみましょう。お母さんは山名さん、娘は智子ちゃん、お友達は一色さんと仮にしておきます。

当時は玄関に鍵を掛けていませんでした。母親は引き戸を開けながら家の中に声をかけます。

ガラガラ・・・戸を開ける音

「こんにちわ、山名です。お邪魔します」

家の奥からお友達の一色さんが小走りに出てきます。

「いらっしゃい、ようおこしやす。さぁ早う、上がって、上がって」

「ありがとう、上がらしてもらうわね」

母と娘は靴を脱いで上がり框に上がります。娘の智子ちゃんは脱いだ靴をそのままにして家の奥へ行こうとします。

「ちょっと待って、智ちゃん、靴を揃えんとあかんえ。お母さんみたいに靴を揃えてな、つま先を玄関のほうへ向けるんよ。わかる」

「わかる」智子さんは3歳くらいでしょうか。

「そのとき、お尻をお家の人に向けんようにせんとな」

「うん」

「ほんま偉いなぁ、智ちゃん。よう出来はった。」一色さんが智子ちゃんを誉めます。

智子さんは小さいながらも誇らしげです。日本の子供はこのようにして靴を脱ぐ作法を覚えてきました。

良い躾けをされた日本人は、脱いだ靴を揃えてつま先を出口に向けます。このとき他の人にお尻を向けないように気をつけるのが大切です。これができると上品な人だと評価があがります。靴を揃えて出口に向けて置いておくと帰る時に便利です。さっと靴を履けます。屈んで靴を並び変えたり、足で靴のむきを変えたりしなくてもよいので、すっきりと綺麗な仕草で靴が履けます。履物を揃えるのは仕草の美しさと早く履けるという合理性を兼ねたマナーです。

これに似たのが車の止め方。日本人は自動車をスーパーやレストランの駐車場に止めるとき、たいていフロントを前にしてバックで入庫します。これも入庫の手間はかかりますが出庫のときは前が見えて出しやすい。これも日本人なりの合理性の追求です。駐車場に行儀よく並んだ自動車は玄関に揃えられた靴のようですね。

日本家屋は高床式建築 

日本人はどうして靴をぬぐのでしょうか。よく言われるのは気候的な理由です。日本はアジアモンスーン地域に属します。東アジア、東南アジア、南アジアにかけて広がる季節風(モンスーン)の影響を受ける地域です。季節風が海からの多量の水分を運んでくるので雨が多く湿度が高いのが特徴です。

東南アジアは年中温暖で湿度も高い。日本は四季があり寒い冬があります。それでもジメジメと長雨の降る梅雨がありその後に過酷な夏がやって来ます。日本の夏は熱帯の国からやってきた人が根を上げる程、暑くて湿度が高いのです。若い娘は小型の扇風機を持って暑さに耐えます。老人はポカリスウェットやアクエリアスを飲んで耐えます。作業現場のおじさんたちは、送風機付きの上着を丸々と膨らませながら熱中症を防ぎます。

この高温多湿の地域は生活を快適にするために高床式家屋が発達しました。地面と床の間に空間を作り風を通すことで部屋の気温や湿気を下げます。日本の家屋も基本的には高床式建築です。日本は東南アジアから離れていますが黒潮に乗ってやってきた人達がいました。東南アジアからフィリピン、台湾、沖縄、九州と渡ってきました。その人たちが高床式建築を伝えたのでしょう。

高温多湿対策の高床式建築は、住んでみると暑い夏だけでなく寒い冬も具合が良かったのです。床下の空間が地面からの寒気を防ぎました。床下の空間は日本の気候に会っていたのです。具合が悪いのは、床下に動物が住み着いたり、忍者が忍び込んで盗み聞きをするくらいでした。奈良時代になると有名な正倉院や寺院や神社が高床式で作られます。平安時代は貴族の屋敷が寝殿造りで建てられました。この様式は日本の家屋の原形になりました。その頃から貴族も庶民も靴や下駄を脱ぐ暮らしを続けてきました。

なるほどなぁ。でも疑問も湧きます。たかだか地面から30cmくらいの高さの床です。靴を履いていても簡単に上がれるじゃないか。そう思うのはごもっともですが、靴を脱いで床に上がるのは他にも良い点があるのです。靴のままだったら靴底についた泥や土で床が汚れます。

夏は高温多湿なので素足になりたい。蒸れた靴や靴下を早く脱いで裸足でくつろぎたい。そんなとき床が汚れていたら嫌ですね。日本の床は湿気対策のため畳が敷かれている部屋があります。その畳の目に土が入るととても取りにくい。汚さなければ清潔だし掃除の手間が省けます。裸足できれいな床を歩くのは、日本人にとってこれはもう至福の快感です。

呪術の国 穢(けがれ)を家に入れたくない

ただ現代の都市では靴に泥がつくことは殆どありません。居酒屋や図書館や会社のフロアーが泥で汚れているのを見ることはありません。汚れてもお掃除ロボットが綺麗にできる程度です。でも米国のような靴を履いたまま家に入る様式になりません。もっと別の理由が有るのです。

それは日本が呪術の国であることに関係します。日本人にとって、汚れは土や泥のような物理的なものだけではありません。日本は八百万の神が住まわれる国です。神だけでなく色んな妖怪や魑魅魍魎もいます。それ以外にも怨霊や霊もいる。陰陽師の賀茂吉憲が「普通の人には見えないが、ああいう物が世の中にはいるのだ。いると知っているだけで良い」と言ったような物まで住んでいます。

その上、古い道具は付喪神という神様と妖怪の間のような物になります。猫も長生きすると猫又という妖怪になります。菅原道真や崇徳上皇さまも人から神様におなりなる。貧乏神に疫病神もいる。ようするに霊的な存在で一杯です。そのなかには人に悪い影響を与えるものがいます。人を不運にしたり病気にかかりやすくしたりするのです。

家を出るとそんな悪さをする物に出会う可能性が大きくなります。日本人は古来からそのような物に出会うことを恐れました。出会ったら身体についてくるかもしれません。日本人はそのような物を穢(けがれ)と呼んで嫌いました。それがついたと分かったら禊(みそぎ)やお祓いで落とします。禊は水で穢を流し去るのが一般的です。

神社は入ったところに必ず手水舎(ちょうずや)があります。ここで身体についた穢や良くない物を洗い落としてからお参りをするのです。これも禊の一種です。家でも同じです。よくない物を家に持ち込みたくはありません。ではそのような物が付くのはどこか。人は色んな所を歩きます。そうです、地面と接する靴の裏に汚れといっしょに穢がつきやすいのです。穢がついた靴で入れば部屋のなかにも入ってきます。その穢を、土間で留めるために防ぐために靴を脱ぐのです。

脚下照顧(しょうこきゃっか) 靴を脱ぐ場所

一般的な家庭では玄関に靴が脱いであるので、ああここで脱げば良いと分かります。でも神社やお寺は分かりにくい場所も有るし、旅館や公共施設でも分かりにくい所があります。そういう所には、「土足厳禁」や「脚下照顧」「照顧脚下」「看脚下」と書いた札や看板が立っていることが多いです。

「土足厳禁」は文字通り靴を履いたまま上がってはいけませんという意味です。「脚下照顧」「照顧脚下」「看脚下」はもともと禅の言葉で「脚下」は足元の事で「照顧」や「看」は見ることです。「脚下照顧」は足元を見なさいという意味になります。自分の足下を顧みるとは「我が身」や「我が心」を振り返れ、自分が今どうゆう立場にいるか、よく見極めて事に当たれと言うことです。

ただこの言葉の立て札が置かれている所はその言葉の通り足元を見ましょうを意味します。履物を脱いで揃えて下さいと言っています。この看板があるところでは靴を脱ぎましょうね。

日本人は部屋を汚さない合理性と霊的なものに対する恐れから靴を脱ぎます。だから土足厳禁は守らないといけないのです。ご注意を。