本 「スタンフォード大学の共感の授業」共感は人生を変える

2024年2月27日

最近、共感や利他主義、ギバーなど人の優しさに関する書籍が多く出版されている。人が本来持つ共感力が、格差社会、上級国民、インセルに代表さる分断された社会を修復しようとしているのかもしれない。世界中の人たちがロシアに侵略されたウクライナに共感を寄せている。多くの人たちが一刻も早い終戦を望んでいる。しかしロシア人たちはウクライナの母子の涙に共感しない。この差は何だろう、共感とはいったいどのような感情なのか。

私達は、共感を破壊するシステムの中で暮らしている

「私達は共感を破壊するシステムのなかで暮らしている」仮に共感を破壊するシステムを作りたいと思うなら、今まさに僕らが築いている社会以上にふさわしいものはつくれないだろう。ある意味で、共感は既に壊れている。時代を経るうちに共感の力は摩耗してしまった。

スタンフォード大学の共感の授業 人生を変える「思いやる力」の研究 ジャミール・サキ(著)上原祐美子(訳) ダイヤモンド者

筆者ジャミール・サキは、スタンフォード大学の心理学者である。彼は「現代人は共感を破壊するシステム」の中で暮らしている、世界中の共感力が弱っている兆候が現れているという。彼はそんな現代に共感力を呼び戻そうとしている。

共感力はもともと動物に備わっていた能力だが、人類はそれを特別に発展させて生存競争を勝ち抜いた。自然の驚異に対抗するために共同体で暮らす選択をした。共感力は共同体を維持するために重要だった。相手を思いやれば相手からやさしい反応が返ってくる。共同体の維持に思いやりの繰り返しが効果的だった。

時は流れ、共同体は拡大し都市になった。人の共感力は、相手が誰か分かる大きさの共同体で生まれた。脳はその時代のままだが、現代人は大半が大きな都市で一人暮らしをしている。たくさんの人とすれ違っても、相手が誰かわからない。親しい人が少ない社会で生きている。そんな社会で共感力は弱くなる。

現代のSNSはたくさんの人と繋がるのを可能にしたが、断片的なテキストメッセージのやり取りに過ぎず、相手の全人格はわからない。仕草や表情から伝わる情報が無い。だからSNSの共感力は弱い、少しの意見の相違で簡単に壊れてしまう。いいねをくれない人はブロックだである。

サキは大都市とSNSは共感を破壊するシステムと言う。しかし破壊された共感力は取り戻せると楽観的である。ヘイトクライマーがヘイトを捨てる例や、物語や演劇が人を癒やすことを知っているからだ。

無償の共感 photolibrary

共感力は増やせる、大人の脳は変化する

共感力は三つあって相互に関係している。「相手の体験や感情を共有する体験共有」「相手の心を考える認知的共感」「相手に配慮する共感的配慮」である。失意の友人を前にすれば、失意に反応して自分も悲しくなる体験共有(ミラーニング効果)、次に相手の気持ちを推測しようとする認知的共感、相手に何かをしてあげたいと思う共感的配慮である。この共感力は脳に組み込まれている。

長い間、成人の脳は変わらないとされてきた。変わらないなら、共感力が増えたり壊れた共感がもとに戻ることはない。最新の脳科学は成人の脳でも体験や習慣により変わることを発見した。脳は年齢に関わらず刺激により対象の領域が発達したり退化する(サキはウェゲナーの大陸プレート移動説をもじって、こころ移動説と言っている)共感力は体験によって変化するのだ。

良く知られているのが、災害や犯罪によって心に傷を負った人は、同じ境遇の人に強い共感を示すことである。ハリケーンカトリーナの被災者は、ハービーの被災者を助ける救助プログラムを立ち上げた。トラウマサバイバーは強い共感力を持つのである。

白人至上主義者でダヤ人排斥主義の指導者の男性は、まぁよくぞ揃ったものだが、我が子とユダヤ人カウンセラーが示す共感によってヘイトを捨てた。ウガンダのフツ族とツチ族は大虐殺を繰り返し多くの人たちが傷付いた。今はあるラジオドラマが両方の部族の心を癒やしている。共感力を持った聞き手はヘイトクライマーを救うなど、共感力が蘇る例が多くある。

共感を遮断する能力とナッジの必要性

人は共感とともに共感を遮断する力を持っている。溺れた難民の少年に強い共感を寄せるが内戦で亡くなる無数の人々には関心を示さない。人は共感し続けると疲れてしまう、それを防ぐために遮断する力が備わっている。過去に比べ、現代は個人が接する情報量が圧倒的に多く、そのために遮断する力が頻繁に使われ、社会に共感を生まれ難くなっている。だが共感を呼び覚ます方法はあるようだ。

サッカー好きなら理解しやすい実験がある。被験者はマンチェスターユナイテッドのファンである。彼らはチームへの想いを書かされた後にある場所へ行くように指示される。途中に、マンチェスターのジャージ着た人か、またはリバプールのジャージを着た人が倒れている。被験者はリバプールのジャージの人は助けない。リバプールサポーターは仲間でないと思うからだ。

次に、彼らはサッカーへの想いを書いて出発する。今度もどちらかのジャージを着た人が倒れている。今度はどちらのジャージの人も助ける。サッカーの思いを書くことで、被験者の共感がマンチェスターファンからサッカーファンに広がった。サッカーファンという仲間になったのである。

サッカーへの想いを紙に書く行為がきっかけになり共感が増えた。このようなきっかけを「ナッジ」と呼ぶ。ちょっと背中を押すというくらいの意味である。人はちょっと押されるだけで変われるのだ。サキたちはこのナッジを社会に仕掛けようとしている。

未来 photolibrary

世界は分断されても共感力は無くならない

現代社会は、コロナや経済格差、紛争や難民、人種偏見など多くの問題を抱えている。問題には、人間を特定の集団(同族)に分類しようとする力が強く働いている。経済格差が性の格差に広がり、人をチャド、インセル、ミソジニーに分ける。日本でも上級国民や親ガチャのような格差を煽る言葉が流行っている。

メディアは分断や対立を商業主義から面白くおかしく報道し、それがまた対立を生む。フェイクニュースが増加し、信じる集団と信じない集団の対立が激しくなる。対立する集団は、相手の集団の正確な情報を知らないままに争い、妥協をしない。分断は更に進んでいく。ただ人間は共感力を進化さた生物である。分断する力がいくら強くなっても備わった共感力は簡単に無くならない。更にサキたちのように共感を取り戻そうとする人たちがいる。

シャミール・ザキは、不幸な少年時代を過ごしたが楽観的な性格である。分断の元凶であるSNSも、上手く使えば共感力を増やせると考えている。その研究は共感は取り戻せることを証明している。彼らがいる限り共感は取り戻せる。共感力とサキ達の仕掛ける「ナッジ」を知ることができる一冊。

Posted by 街の樹