本 世界はディストピアへ向かうのか 「自由の限界」 

2024年3月2日

ネットのニュースに「上海市は清掃員に作業状態を監視するスマートウォッチを装着させる」あがっていた。作業中に20分以上動かなかったり、作業範囲以外へ移動すれば罰を受けるそうだ。スマートウォッチを使って作業員を監視するシステムである。スマートウォッチは歩数や脈拍も記録できる。

南京市 清掃員に管理用の電子腕輪を装着させる

中国は監視カメラが2億台もある監視社会である。スマートウォッチのような監視機器を個人に装着するのを義務化すれば、行動だけでない脈拍を通じて感情まで監視できるようになる。ユヴァル・ノア・ハラリは、著書「緊急提言パンデミック」で独裁者が皮膚の下まで監視する恐ろしさを述べている。この中国のニュースはまさにディストピアの前触れだ。

コロナ後の社会や人類の未来はどうなるのか、編集者の藤原徹也は世界の知性といわれる21人にインタビューをした。彼らが語る言葉には日本人が持たない大局観であった。エマニエル・トッドは、コロナの対策について、日本やドイツは老人の死者を減らして成功したと言われるが、国家としては米国やフランスが成功したと指摘する。

それは、日本やドイツはより老人大国になり、米国やフランスはより若い国家になる。国家の人口政策としては米国やフランスが成功した。現実はそうなのだが、日本で言えばメディアから袋叩きにあうだろう。国民の多くを幸せにするには、このような冷徹な判断が必要なのである。

日本の知識人はトッドのような発想と語る勇気を持たない。世界の知性と言われる人たちとの差は大きい。世界の治世は未来をどのように予想しているのか。世界は中国やロシアのようなディストピアに向かうのだろうか。

世界の知性21人が問う国家と民主主義 

第1部は、フランスの自由な知性と言われるエマニュエル・トッドの予想、第2部は「21世紀の歴史」のジャック・アタリ、新進気鋭の哲学者のスラヴォイ・ジシジェクやマルクス・ガブリエルたちが語る欧州の未来。第3部は、元仏外務省のジャンピエール・フィリエが中東の危険性である。

第4部はアジア、元マレーシア首相のマハティール、タイの現代作家ユンと歴史学者ウィニッチチャクン、天安門事件から逃れた張倫、インド人のカンナ、日本の岩井がアジアの未来について語る。アジアへの理解不足に気づく。

第5部はコロナ以後の世界。「銃・病原菌・鉄」のジャレット・ダイアモンドや「サピエンス全史」のユヴァル・ノア・ハラリがポストコロナの世界を予想する。

インタビューは2015年~2020年に行われた。その間に、フランスのシャルド・エブリの襲撃から、米国の9:11テロ、トランプ大統領の誕生、イスラム国の盛衰、英国のEU離脱、新型コロナの発生(ワクチン接種前)が起こっている。

日本メディアはもっぱらコロナだが、世界は、英米の退潮、中国・ロシアの膨張、中東の混乱、グローバル化のによって不安定化している。更にロシアのウクライナ侵攻が起こり、中国の台湾侵略が現実味を帯びてきた。そんな世界の状況を彼らは俯瞰的に見ている。語る内容は新聞やTVの報道に比べはるかに深い。彼らは「世界はディストピアへ向かう」のを真剣に危惧しているである。

第2次世界大戦の敗戦国は、コロナでも敗戦する?

概してコロナ禍は高齢者の死期を早めたと言えます。ところで重度の英米仏は適度な出生率を維持しています。一方で、軽度の日独韓中の出生率の低さは深刻です。長期的視野に立てば、コロナ禍ではなく、少子高齢化・人口減少こそが真に重大な国家的問題です。

エマニュエル・トッド 自由の限界 鶴原徹也(聞き手・編)読売新聞社 中公新書ラクレ

フランスの人口学者エマニュエル・トッドの言葉である。トッドは、ソ連の崩壊を人口統計から予想して的中させたことで有名である。ユーロ危機も予測した。コロナにより英米仏は多くの死者を出した。日中独韓は死者を押さえて成功したと言われるがトッドの見方は異なる。

コロナ後の人口構成を考えると、出生率が高い米英仏は高齢者の死期が早まった結果、より若い国家になる。出生率が低い日中独韓は高齢者の死を防いだ結果、さらに老いた国家になる(中国はゼロコロナを放棄し老人の死を放置している)

トッドは、国家の未来を考えると英米仏が成功したという。(高齢者の死を防ぐのは当然であり死者数の低さを非難している訳ではないとも言っている)米英仏と日独は第二次世界大戦の戦勝国と敗戦国である。枢軸国は戦争の初期には勝利したが最後は敗れた。

日独は職人芸で精密な兵器を作り戦争初期は連勝するが、連合国が汎用化した兵器を大量に投入すると勝てなくなる。コロナ対策でも、日独が高度な医療で死者の増加を抑えている間に、米英はワクチン開発を行い根本的に解決しようとした。日本人は理性より感情を優先させるので、物事の本質の捉え方が弱くなるのかもしれない。

トッドは、日本の最大の危機はコロナよりも少子高齢化と人口減少であり、移民の受け入れなければいけない、移民に否定的でも昔から異文化に寛容な文化があるので受け入れる力があるという。ただ、異文化との共存は認めるべきでなく、日本の文化に同化させねばならない。

異文化との共存を目指して社会を不安定にしてしまった欧州のつてを踏んではならないのである。埼玉のクルド人の問題、増え続ける中国人在留者の問題を見ればトッドの指摘は当たっている。少子化問題や移民政策について本質的な議論を早くしないと、太平洋戦争と同じよう敗戦するかもしれない。ソ連崩壊を予言した学者の言葉は重いのである。

世界はディストピアに向かうのか、人類は信頼できるのか

欧米は、ワクチン接種によって急速に日常を取り戻しつつあるが、当初大くの死者を出した。独裁主義の中国や戦時下にあるイスラエルや韓国は、迅速対策を打ち感染を感染をおさえた。そのため独裁主義を支持する人が増えた。登場する知性の多くは独裁主義への期待が増えるのを危惧している。監視技術が独裁の強力なツールになるのを心配している。

民主主義は繊細な花のように育てるのが難しい。独裁は雑草のように条件を選ばない。「コロナ後」の世界の潮流がIT独裁に傾いてゆくのか心配です。

ユヴァル・ノア・ハラリ

独裁国家は、ロックダウンや監視など人権を制限する対策を行えるので短期的に成功しているように見える。だが、感染症対策は情報の開示が必要だ。好きなように研究ができなくてはいけない。個人の自由や能力の尊重され情報が公開される民主主義体制が長期的には新しい感染症に強くなる。米国や欧州はワクチンを開発をして病気から急激に回復している、そのスピードは独裁国家(規制重視の国家)より早い。

民主主義国家は自由な研究や情報公開ができる。ただ個人の自由を尊重するゆえの脆弱さがある。多くの人たちが独裁を望めば、ロシアのように独裁者が生まれる。ディストピアは簡単にやってくる。ディストピアを防ぐのはひとりひとりの判断にかかっている。独裁国家にならない為に必読の一冊。

コンピュータに知性はない。

本筋から少し離れるが、AIによる人類支配の危惧について、ドイツの新進気鋭の哲学者マルクス・ガブリエルは、「コンピューターには知性はない」と言いきっている。コンピューターは、死を意識しないし、命を維持とも考えない。「死を意識しないものには知性はない、人間は死があるから知性を持てる」ともいう。彼の章もぜひ読んで頂きたい。

Posted by 街の樹