本「自由の限界」 世界はディストピアへ向かうのか  

2024年11月16日

ネットのニュースに「上海市は清掃員に作業状態を監視するスマートウォッチを装着させる」があった。スマートウォッチを使って作業員を監視するシステムで、作業中に20分以上動かなかったり作業範囲以外へ移動すれば罰を受ける。そのスマートウォッチは汗や脈拍も記録できるらしい。

南京市 清掃員に管理用の電子腕輪を装着させる

中国は監視カメラが2億台もある監視社会である。スマートウォッチを監視機器として個人に装着させれば、行動だけでなく汗や脈拍から感情を把握できる。ユヴァル・ノア・ハラリが著書「緊急提言パンデミック」述べた独裁者が皮膚の下まで監視する恐ろしい社会が現実になっている。このニュースはまさにディストピアの前触れだ。

編集者の藤原徹也は、コロナ後の社会や人類の未来について、世界の知性といわれる21人にインタビューをした。彼らは日本人が持たない大局観をもって未来を考えていた。エマニエル・トッドは、日本やドイツは老人の死者を抑制してコロナ対策に成功したが、国家の経営はその逆の米国やフランスが成功したと指摘する。

日本やドイツはより老人大国になり、米国やフランスはより若い国家になる。国家の人口政策は米国やフランスが成功した。日本でそれは言えばメディアから袋叩きにあうだろうが、国民を幸せにするには、トッドのような冷徹な判断が必要だ。残念ながら日本の知識人はそのような発想と語る勇気を持たない。世界の知性との差は大きい。世界は中国やロシアのようなディストピアに向かうのか。彼らの予想はどうなっているのだろう。

世界の知性21人が問う国家と民主主義 

第1部はフランスの自由な知性と言われるエマニュエル・トッド、第2部は「21世紀の歴史」のジャック・アタリ、新進気鋭の哲学者のスラヴォイ・ジシジェクやマルクス・ガブリエルたちが欧州の未来を語る。第3部は元仏外務省のジャンピエール・フィリエが中東の危険性を評論する。

第4部はアジア、元マレーシア首相のマハティール、タイの現代作家ユンと歴史学者ウィニッチチャクン、天安門事件から逃れた張倫、インド人のカンナ、日本の岩井がアジアの未来について語る。日本人のアジアへの理解不足に気づく。

第5部はコロナ以後の世界である。「銃・病原菌・鉄」のジャレット・ダイアモンドや「サピエンス全史」のユヴァル・ノア・ハラリがポストコロナの世界を予想する。

インタビューは2015年~2020年に行われた。その間にフランスのシャルド・エブリの襲撃、米国の9:11テロ、トランプ大統領の誕生、イスラム国の盛衰、英国のEU離脱、新型コロナの発生(ワクチン接種前)が発生している。

日本メディアはコロナばかりを取り上げるが、世界のメディアは英米の退潮、中国・ロシアの膨張、中東の混乱、グローバル化によって不安定化した社会に注目している。今はロシアがウクライナに侵攻し中国の台湾侵略が現実味を帯びるなど世界が混沌としている。世の知性が語る内容は新聞やTVの報道に比べはるかに深い。彼らは世界がディストピアへ向かうのを真剣に危惧している。

第2次世界大戦の敗戦国は、コロナでも敗戦する?

概してコロナ禍は高齢者の死期を早めたと言えます。ところで重度の英米仏は適度な出生率を維持しています。一方で、軽度の日独韓中の出生率の低さは深刻です。長期的視野に立てば、コロナ禍ではなく、少子高齢化・人口減少こそが真に重大な国家的問題です。

エマニュエル・トッド 自由の限界 鶴原徹也(聞き手・編)読売新聞社 中公新書ラクレ

フランスの人口学者エマニュエル・トッドの言葉である。彼はソ連の崩壊を人口統計から予想して的中させ、ユーロ危機も予想した。国家のコロナ対策についても一般人とは考えが異なる。コロナ後の人口構成を考えると、出生率が高い米英仏はより若い国家になり、出生率が低い日中独韓はさらに老いた国家になる(中国はゼロコロナを放棄し老人の死を放置している)

国家の未来を考えると英米仏が成功したと見ている。(高齢者の死を防ぐのは当然であり死者数の低さを非難している訳ではないとも言っている)米英仏は第二次世界大戦の戦勝国であり日独は敗戦国である。日独伊は戦争初期は勝利したが最後は敗れた。

日独は職人芸で作られた精密な兵器によって戦争初期は連勝するが、連合国が大量の汎用化した兵器を戦線に投入すると勝てなくなった。コロナ対策は日独が高度な医療で死者の増加を抑えている間に、米英はワクチン開発を行い根本的に解決した。日独と米英仏は物事の本質の捉え方が違うのかもしれない。

トッドは、日本の最大の危機はコロナよりも少子高齢化と人口減少で、移民を受け入れなければいけない。日本は移民に否定的だが、昔から異文化に寛容なので受け入れる力がある。だが異文化との共存は認めるべきでなく、日本文化に同化させねばならないという。

欧州は、異文化との共存を目指した結果社会を不安定にしてしまった。そのつてを踏んではならない。埼玉のクルド人の問題、増え続ける中国人在留者の問題を見ればトッドの指摘が正しいのが分かる。日本は、少子化問題や移民政策について本質的な議論を開始しないと太平洋戦争と同じよう敗戦する。ソ連崩壊を予言した学者の言葉は重い。

世界はディストピアに向かうのか、人類は信頼できるのか

世界はコロナが収束して日常を取り戻したが当初は多くの死者がでた。感染初期、中国やイスラエルや韓国は、人権を無視した独裁主義的な対策を打ち感染をおさえた。そのために独裁主義を支持する人が増えた。

独裁主義はそのような大衆の支持から生まれるが、独裁主義政権が一旦誕生すると大衆がそれを否定しても民主主義には戻らない。監視技術が独裁の強力なツールになった現代では尚更である。それゆえ登場する知性は独裁主義への期待を危惧するのだ。

民主主義は繊細な花のように育てるのが難しい。独裁は雑草のように条件を選ばない。「コロナ後」の世界の潮流がIT独裁に傾いてゆくのか心配です。

ユヴァル・ノア・ハラリ

独裁国家はコロナ対策としてロックダウンや監視を迅速に行ったので短期的には成功しているように見えた。しかし独裁主義は情報の開示と自由な研究を許さないので、感染症や災害に対して脆弱になる。民主主義体制は、情報が公開され研究の自由が保証されるので新しい感染症に強いのだ。コロナでも、米国や欧州はワクチン開発に成功して急激に回復した。そのスピードは独裁国家(規制重視の国家)より最終的に早かった。

民主主義国家は個人の自由を尊重するゆえの脆弱さがある。大衆が望めばナチスドイツやロシア、中国のように独裁主義が生まれる。ディストピアは簡単にやってくる。それを防ぐのは個人の判断にかかっているのである。そのために読むべき一冊。

AIに知性はない。

本筋から少し離れるが、ドイツの新進気鋭の哲学者マルクス・ガブリエルは、AIによる人類支配の危惧について「コンピューターには知性はない」と言いきっている。コンピューターは死を意識せず自分の命を維持しようとも考えない。「死を意識しないものには知性はない、人間は死があるから知性を持てる」と述べる。彼の章もぜひ読んで頂きたい。

Posted by 街の樹