サラリーマンの悩み 出世に酒の付き合いは必要か

2025年2月3日

若いサラリーマンは上司との酒を好まないと言われて久しい。それに付き合う時間があれば自己啓発や家事に使うべきだ。ビジネス雑誌にもそうだと書かれている。しかし、それは本当なのだろうか。

出世に上司との酒は必要

酔っ払いは何度も同じ話をする。自慢話が多くて、それも他人が聞くと大したことがない話ばかりでうんざりする。「あの人は酔うと何度も同じ話をする」という話を酔っ払いが何度も繰り返すというカオスになる。おっさん特有のくどい話や自慢話を聞くのは時間の無駄である。

だが上司の酒に付き合うことは出世のためにたいへん効果的である。評論家やビジネス雑誌は誘いを断りその時間を自己啓発に当てよと勧めるがそれは間違いだ。おかしいかもしれないが、サラリーマンが人間である限り仕方がないのである。

酒は人類を救った

酒と人は熟しすぎて発酵した果物を食べて以来のつきあいである。人は酔っ払うことで他の動物より多くの食物を確保できるようになった。酒は生存競争を有利にした。その後酒が食物でなく嗜好品になるのは直ぐである。紀元前3000年頃にはメソポタミアでビールが作られ飲料や薬として生活に欠かせないものになっていた。

酒は時代や場所によって禁止された。健康に悪影響を与え、家庭を崩壊させる悪魔の飲み物だと思われた。米国の禁酒法時代は、悪魔のようなアル・カポネが密造酒を売って大儲けをして、医者が薬として使うアルコールの支給を政府に懇願する奇妙な時期だった。二日酔の朝、酒は悪魔の飲み物としか思えないが、悪魔の飲み物か命の水(ウィスキーの語源)かの論争は永遠に尽きなさそうである。

そんなアルコールにも多くの効能がある。英国の疫病調査は心臓病で死ぬ割合が酒量が極端に少ないグループと極端に多いグループに多いことを明らかにしている。真ん中へいくほど少なくなる。飲みすぎなければ心臓に良い影響がある。スペインの調査では、適度にアルコールを摂取する人たちはうつ病のリスクが低い結果になっている。ストレスや緊張をほぐす酒の効果が影響するらしい。どちらの調査も酒飲みにとって心強い結果だが、飲みすぎないのが前提である。

酒は笑顔を増やし絆を結ぶ

ボトルのコルク栓を抜いて、3分間待つだけ。後は2000年以上の歴史を持つスコットランドの職人芸がやってくれる

                                         J・C・バラード 英国の作家

酒は想像力を活発化させる。適度なアルコールは注意力や集中力を弱める反面、想像力を活発化させることがイリノイ大学の実験で分かっている。みんながカラオケボックスで歌手になった気分になるのはそのせいだ。更に酒は人間関係の潤滑剤にもなる。人は相手の感情を模倣する情動感染という能力を持っている。相手が笑うと自分も笑う、相手の感情をコピーして心の距離を縮める。女性はもともとこの能力が高く友人や社会的なネットワークが広い。ところが男性は地位や競争に囚われ情動感染が鈍い。だから酒が必要になる。

ピッツバーグ大学の心理学チームが実験は「酒を飲まない男性グループ」と「酒を飲まない男性のなかに女性が一人入ったグループ」「ウォッカを飲む男性グループ」をつくり、メンバーが会話したときの笑顔の数を数えた。酒を飲んだり女性と話したりなんとも羨ましい実験である。

その結果、「女性が一人入ったグループ」の笑顔は「酒をのまない男性グループ」よりも9%多かった。「ウォッカを飲むグループ」の笑顔は「飲まないグループ」に比べてなんと21%も多くなった。ウォッカが男性の緊張をほぐして情動感染を高めた結果である。女性の魅力は凄いがウォッカの威力はもっと凄かった。

上司のしっぺかえし戦略と情動感染

人の脳は社会を維持する仕組みがいろいろと組み込まれている。その一つがしっぺ返し戦略だ。しっぺ返し戦略はゲーム理論でいわれる、相手が自分に協力したら自分も協力する、相手が裏切りれば自分も裏切りで対応する戦略である。上司の飲み会への誘いは仲間にならないかの申し入れであり、断るのはその否定であり誘いに対しての裏切りである。上司はしっぺ返し戦略に従い断った部下に裏切りの対応をする。現実には上司にも理性があるので露骨な行為はしないが心は離れる。

いっぽう飲み会に参加したメンバーは酒により情動感染が高まりお互いの絆を深める。上司は参加メンバーを大切に思うようになる。人間の持つ社会性からやってくる感情なので、上司が酒に付き合う部下を引き上げようとするのは仕方がないのである。

酒につきあう心の余裕

かくて、われらは今夜も飲む。たしかに芸術は永く人生は短い。しかし、この一杯を飲んでいる時間くらいはある。 黄昏に乾杯!                 

‐開高 健‐

そうは言っても嫌なものは仕方ない、付き合わなくても出世ができないとは限らない。そもそも出世が人生の全ではない。ただ上司や同僚から飲み会に誘われたとき「長い人生それくらいの時間はある」という心の余裕は持ちたいものだ。二回に一回くらいは出席する、長いサラリーマン人生はそれくらいの余裕がないと乗り切れない。

サラリーマン人生が終わるとき、出世した人間が長く働くのを知る。出世に未練は無いが働けるのは羨ましい。あの時こうしていたらと後悔する夜がやって来る。そんな日は酒を飲めば優しく酔わしてくれる。酒を飲んで酔うのは誰でもできるから。