本 「週末アジアでちょっと幸せ」逃避と再生の旅マニュアル

2025年4月2日

最近、飛行機の長い旅に耐えられなくなった。長い旅はトイレに何度も行かないといけない。食事も緊張する。「ティキン、オア、ビーフ」「パードン」「ティキン、オア、ビーフ」「オオ、ビアー」「ビアー?」「ティキン、オア、ビーフ」アテンダントの口調が苛立ってくる、そんなやり取りが耐えられない。そのくせ酒は何度も注文する。

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旅は、日常からの逃避

 カルモジインの田舎は大理石の産地で
 其処で私は夏を過ごしたことがあった。
 ヒバリもいないし、蛇もでない。
 ただ青いスモモの藪から太陽が出て
 またスモモの藪へ沈む。
 
少年は小川でドルフィンを捉えて笑った。     

西脇順三郎詩集 岩波文庫

子供の頃から、このようなところへ旅をしたいと思っていた。それは晩年を迎えても実現していない。そのうちに長旅が苦手になった。だからもっぱらアジアにでかける。色んなところへ行くが長くて4泊5日、短い時は1泊2日になる。

東南アジアの時間は、ゆっくりと流れる

何故 旅にでるのか。                                          

含蓄のある言葉を期待する人には申し訳ないが、僕の答えはいたって単純である。

逃げたいから。           

下川裕治 週末アジアでちょっと幸せより

海外旅行の目的は人それぞれだ。世界遺産や名所旧跡の観光、ミュージカル見物、グルメ、人に言えない夜のお楽しみ、親睦旅行、傷心の一人旅、目的は違っても日常から開放される。サリーマン時代、仕事が煮詰まってヤバイなと思ったとき不思議に海外出張が入った。生産性について工場部門と対立したとき、お客のマレーシア工場の視察を含む出張を命じられた。

南国の光がまぶしい緑に囲まれた敷地から工場の中に入ると、Tシャツにスカーフ(トゥドゥンというらしい)姿をした女性たちがゆっくりと作業をしていた。彼女たちは急ぐこともなく優雅とも言える動きで部品を運んで組み立てている。そこには日本と全く異なった時間が流れていた。そのゆるやかな姿は、私のカチカチになった意識をほぐしてくれた。こんな働き方があるのだ、感心すると共に脱力した。日本での対立が馬鹿らしくなったのである。

週末だけのアジア旅行

下川裕治氏の本に出会ったとき、同じことを思っている人がいるのだと嬉しくなった。彼は若い頃から筋金入のバックパッカーである。彼の足跡は世界中におよぶ。かっこい旅や楽な旅はなく現地の人達に混じった悪戦苦闘の旅ばかりだ。しかし流れている時間はぬるい。そんな旅の記録は多くの本になって出版されている。

その旅行記のなかでも「ちょっと幸せのシリーズ」を一番気に入っている。彼のような達人でないとラオスやカンボジアの奥地は行けないが、この本に出てくる一泊二日の近場なら誰でも行けそうだ。韓国なら日帰り、台湾だったら0泊3日で行ける。費用も便の選び方次第で随分安い。土日なら職場の気遣いもしなくてよい。脱日常の命の洗濯ができる。

本で紹介されているのは、韓国の釜山、台湾の温泉、マレーシアのジャングル、中国のシルクロード、沖縄、ベトナム、タイ・バンコク、などの現地の人たちが日常を過ごす場所が旅先である。もちろん格安の旅だ。その短い週末の日程で、中国の奥地、星星峽というウィグルの街まで行ってしまう。そこは氷点下のストーブがきかない厳寒の地だった。寒い部屋でも酒は飲みたい。誰が買いにいくかで揉めだす。氷点下だろうが飲みたいものは飲みたい。酒飲みによくある光景である。

旅とアルコールは切っても切れない。韓国行きの下関フェリーで飲むマッコリ、マラッカ海峡の夕日を背景に飲むビール、台湾の秘境温泉の風呂上がりのビールが美味そうだ。読むだけで身体の力が抜けていく。

筆者は、日本では他人から後ろ指を差されないように、知らないうちに身体に力が入っていると感じる。飛行機が北回帰線を越えるとそれから開放されるという。日本から逃げだし、ゆっくりとしたアジアの時間の流れのなかで再生する。それは意外と簡単にできるのだ。

煮詰まったらアジアの旅に出よう。韓国の明洞、タイのソイ・カーボーイ、台湾の淡水の食堂は心をほぐしてくれるに違いない。あまり自慢できる旅をしていないが、筆者が提案する旅が日本の息苦しさを消してくれるのは間違いないとわかる。旅に失敗はつきもの、おっさんの旅にはいろんな失敗がある、失敗続きの旅も疲れた心を妙に癒やしてくれるから面白い。

旅に失敗はつきもの、おっさんの旅にはいろんな失敗がある、下川氏の失敗続きの旅が疲れた心を妙に癒やしてくれる。

Posted by 街の樹