サラリーマンのマナー 上司との酒のつきあいは悩ましい

2023年7月8日

最近の若いサラリーマンは上司との酒を好まないらしい。そんなことに付き合う時間があれば、自己啓発や趣味に使うべきと考えているそうだ。たいていのビジネス雑誌にもそう書かれている。たしかに、おっさん特有のくどい話や自慢話を聞くのは時間の無駄に思える。

過ぎたるは?

出世には上司との酒は必要

酔っ払いは何度も同じ話をするし、自慢(他人が聞くと大したことがない)ばかりでうんざりする。時には「あの人は酔うと何度も同じ話をする」が何度も繰り返され無限ループになってしまう。

出世を目指すには、上司の酒に付き合うのが良いのか、誘いを断り自己啓発をして能力アップを図るのが良いのか。ビジネス本は自己啓発を推奨するが、これはもう絶対的に酒の付き合いが効果的である。それはおかしいという意見は正しいが、サラリーマンが人である限り酒に付き合う社員が評価される。

酒は人類を救った

酒と人は、熟れすぎて発酵した果物を食べて酔った以来のつきあいである。その果物を食べられる能力によって、他の動物より多くの食物を確保できるようになった。メソポタミアでは、紀元前3000年頃すでにビールが作られ飲料や薬として飲まれていた。酒は生活に欠かせないものになっていた。

酒はときには禁止される。健康への悪影響、家庭を貧困にし崩壊させる悪魔の飲み物と考えられたからだ。米国の禁酒法時代は、悪魔に近いアル・カポネに大儲けをさせながら、医者には薬としてのアルコールを政府に請願させる奇妙な時代だった。酒が悪魔の飲み物か命の水(ウィスキーの語源)かの論争はこれからもずっと続くだろう。

二日酔の朝の酒は悪魔の飲み物としか思えないがアルコールにも多くの効能がある。英国の疫病調査は、酒量が極端に少いグループと極端に多いグループが心臓病で死ぬ割合が多く、真ん中へいくほど少なくなる結果だった。飲みすぎなければ心臓病に良い影響がある。

スペインの調査は、適度にアルコールを摂取するグループはうつ病のリスクを低下させるとなっている。酒のストレスや緊張をほぐす効果が影響するらしい。酒飲みにとっては、どちらの調査も心強い結果である。

夜の誘惑
悪癖の科学–その隠れた効用をめぐる実験

酒は笑顔を増やし絆を結ぶ

ボトルのコルク栓を抜いて、3分間待つだけ。後は2000年以上の歴史を持つスコットランドの職人芸がやってくれ

J・C・バラード 英国の作家

イリノイ大学の実験は、適度なアルコールは注意力や集中力を弱めるが、想像力を活発化させるとの結果となっている。カラオケボックスで、みんなが歌手になった気分になるのはその効果だろう。「酒は潤滑剤」を証明した実験もある。

人は相手の感情を模倣する情動感染という能力を持っている。自分が笑うと相手も笑うようになっている。相手の感情をコピーして相手との距離を縮める。女性はこの能力が高く友人や社会的なネットワークが広い。それに比べて、男性は地位や競争に囚われ自然な情動感染が苦手である。

ピッツバーク大学の心理学チームが「酒を飲まない男性グループ」と「飲まない男性のなかに一人の女性が入ったグループ」そして「ウォッカを飲む男性グループ」をつくり、メンバーが会話したときの笑顔の数を数える実験をした。

酒を飲めたり女性と話せたり羨ましい実験だが、「酒をのまない男性グループ」比べ「女性が一人入ったグループ」は9%も笑顔が多くなった。「ウォッカを飲むグループ」では、飲まないグループに比べなんと21%も笑顔が増加した。

女性の魅力も凄かったが、ウォッカの威力はもっと凄かったというわけである。ウォッカのグループの男性は、酒によって緊張がほぐれ情動感染が高まり絆を深めたのだ。

古からの友達

上司のしっぺかえし戦略と情動感染

人には社会を維持する仕組みがいろいろと組み込まれている。しっぺ返しの戦略その一つだ。ゲーム理論の「しっぺ返し戦略」は、相手が協力したら自分も協力する、相手が裏切りれば自分も裏切りで返す。

この理論から上司の飲み会を考えると、上司が誘うのは仲間にならないかの申し入れである。それを断るのは裏切りに他ならない。上司は、しっぺ返し戦略に従い断った部下に裏切りの対応をする。実際は上司にも理性があるので露骨なことはしないけれど心は離れていく。

いっぽう、飲み会に参加したメンバーは酒により情動感染が高まり絆が深まる。上司は飲み会に参加したメンバーを大切にする。これは人間に組み込まれた仕組みからやってくる。自己啓発より酒の付き合いが、出世に効果的になるのは仕方ない。

酒につきあう心の余裕

かくて、われらは今夜も飲む。たしかに芸術は永く人生は短い。しかし、この一杯を飲んでいる時間くらいはある。 黄昏に乾杯!                 

‐開高 健‐

そうは言っても嫌なものは仕方ない、出世ができないとは限らない。そもそも出世が全ではない。ただ上司や同僚から飲み会に誘われたとき「長い人生それくらいの時間はある」くらいの心の余裕を持ちたい。二回に一回くらいは出席したい。サラリーマン人生は長いからそれくらいの余裕がないと乗り切れない。

サラリーマン人生が終わると、出世した人間が自分が引退した後も長く働いているのを見る。出世に未練は無いが、長く働けるのは羨ましい。あの時こうしていたらと後悔する夜がやって来る。そんな夜は酒を飲めば良い、あなたを優しく酔わしてくれるはずである。

悪癖の科学–その隠れた効用をめぐる実験

酒だけでなく 言葉にしにくい夜のお話、危険運転、悪態、さぼり、など悪癖と言われる行動の効用を書いた面白い本である。