本 「孤独の科学」 孤独から抜け出す方法

コロナは社会を閉塞させ多くの人を孤独にした。孤独は近代社会の大きな問題である。筆者たちは最新の脳科学を駆使して孤独の正体に迫る。孤独とはいったい何か、孤独はどこからやってきて人を苦しめるのか、その理由と孤独からの脱出法抜を明らかにしていく。

孤独は脳からやってくる

学者アンデッシュ・ハンセンは、著書「スマホ脳」で、人類が誕生してからの一世代を一つの点で表す表を作った。誕生から現代までの20万年間の世代数は一万個の点になる。電気や水道を体験した世代は8個の点、コンピューターや携帯電話、飛行機を経験した世代は3個、スマホやインターネットに触れる世代にいたってはわずか1個の点にしかならない。

人間の脳は99992個の点の世界で過ごしてきた。8対9992、3対9997、1対9999、馴れるにはあまりに期間が短く、脳は現代のテクノロジーについていけない。脳と近代技術のギャップは色んな問題を起こしている。孤独の深刻化もその一つだ。

ベルリンでも、何も変わりがありませんでした。                                                               

その前のスイスでも。                                           

人は、生まれつき孤独なのです。 

                                 ‐アインシュタイン 誰でも知ってる論理物理学者‐

アインシュタインのような飛び抜けた性格の人でも孤独を感じた。現代社会は他者との触れ合いがない人間を生み出し続けている。現代の孤独は老人だけでなく若者にも広がり社会に深刻な影響を及ぼしている。米国は人口の30%が独り暮らしで、その20%が孤独に苦しんでいる。

孤独は、精神的な苦痛だけでなく肉体にも悪い影響を与える、色んな病気の原因になり寿命を縮める。若者を攻撃的にしテロや無差別殺人を引き起こす。孤独でモテない若い男は自らを「インセル」と呼び女性を敵視する。そんな孤独が大都市で増えている。

近代になり、欧米では都市化が進み孤独の問題が深刻化した。そのために早くから孤独の研究が進んでいる。研究は脳の機能、遺伝、病気、社会状況や経済環境と広範囲に渡る。特定の社会集団を数十年間に渡って追跡する調査もある。心理実験、最新技術による脳の研究も続いている。それにより孤独の正体が徐々に明らかになってきた。「敵を知り己を知れば百戦危うからず」孤独の正体が分かれば苦しむ人たちも救われるのではないか。

第1部 孤独は人の持つ社会性にある

本書は3部構成であり、第1部は人の持つ社会性と孤独の関係である。孤独は人類が持つ社会性に起因する。一人の人間はとても弱いので集団で暮らして捕食者や自然現象に対抗した。人の社会性は集団を維持するために発達した。

人間は集団を離れると弱い存在であり、生き残るのが困難になり自らの遺伝子を残せなくなる。集団に残れば生存の確率が高く子孫を残せる。集団で暮らせる個体が生き残った。人にとって集団から離れないことは極めて重要なことであり、それは集団や共同体と結びつくこと自体に心地よさを感じる感情を生んだ。

脳は共同体との結びつきに快感を感じ離れると不安になる。その不安は孤独という警告になる。孤独は脳の正常な働きだが覚まし時計のベルや救急車のサイレンのような不快感を伴う。その不快感は身体にも悪影響を与える。

しかし、現代は共同体から離れて一人になっても命を脅かされるほどの危険は少ない。過去のような警告は必要ないはずなのに脳は警告を出す。それは脳が生存競争の時代から変わっていないからだ。脳は今も過去の世界にいて共同体に所属していることに快感を覚える。そうでなければ警告を出す。

現代の脳が認識する共同体との結びつきとは、自分が社会に貢献をしていると自覚することである。社会に貢献していない、自分の存在は社会にとって無意味な存在と感じると、脳は集団から離れたと認識して孤独という警告を出すのだ。

第2部 脳は利他的行為を好む

第2部は利他的行為の重要性である。脳は利他的な行為をすると集団に結びついていると感じる。共同体や他者を助けると快感を感じ孤独感が消える。ダーウィンはかつて人が利他的すぎると悩んだ。自分を犠牲にして他者を救うことがある。それは生物は自己の遺伝子を残すのを最優先にするという進化論に反するからだ。

人以外にもそのような生物が存在する。真社会性生物と言われるアリやハチである。働きアリやハチは自分の遺伝子を残そうとしない。ダーウィン没後、生物学者たちによってその理由が解明される。彼らも利他的な行為を行いながら自分と同じ遺伝子を残す手段を持っていた(働かないアリに意義がある)社会生活を営むには利他的な行為が不可欠なのだ。

脳は、利他的行為を感じると「幸福感を感じ健康に良いホルモン」であるオキシトシンを報酬として分泌する。オキシトシンは、母親が赤ちゃんに授乳するとき、恋人が抱き合うとき、友人とハグをする肉体的な触れ合いでも分泌される。いずれも共同体の維持に必要な行為である。

逆に利他的行動をしなければ孤独だと判定する。幸福ホルモンが分泌されず幸福感を感じなくなる。集中力や判断力が衰え、睡眠の質が悪くなり、さらに心臓病や癌のリスクが高まり老化が早くなるのだ。

第3部、孤独からの脱出法は誰かを助けること

第3部は孤独との付き合い方である。アムステルダム自由大学のドレッド・ホームス教授は、何千人もの一卵性双生児を長期間追跡調査した。その調査から遺伝が性格に影響を与える割合が48%であることを発見した。孤独の感じ方は人によって違い遺伝に強い人弱い人がいる。

ただ、遺伝によって孤独の感じ方が異なっても、いったん陥いってしまったら脱出する方法は一つしかない。利他的行為をすることだ。そうしないと孤独から抜け出せない。筆者はその例を二つ挙げている。

ある女性は、イタリアへ出張したとき疎外されて強い孤独に苛まれた。とにかく誰かと話したいと思った彼女は修理の必要のない靴を持って靴屋へ行き主人と話した。主人と交流が始まり孤独から開放された。

ある若い会社員は日々孤独を感じていた。ある日電車の駅でサンドイッチを買い食べるが余ってしまった。それを駅のホームレスに渡そうと考える。ホームレスは差し出されたサンドイッチ胡散臭そうに受け取り、そのあとに彼に頷きを返す。彼はその頷きに自分が承認されたと感じ孤独から脱した。

共通するのは、小さい行為だが自分から行動したことだ。脳は他者を助けていると認識すると、共同体と繋がっていると判断して孤独を感じない。利他的な行為は、他者を救うだけなく孤独から脱出することで自分も救う。ただそんな事ができるくらいなら初めから孤独なんかならないと思う人もいるだろう。だが最新の脳科学が発見した孤独の脱出法である、読んでみる価値がある一冊、ただ長い。

Posted by 街の樹