本 「孤独の科学」 孤独から抜け出す方法

2024年8月23日

コロナは病気の症状だけではなく、多くの人に孤独をもたらした。孤独は近代社会の大きな問題である。孤独はどこからやってきて人を苦しめるのだろう。孤独とはいったい何なのだろう。孤独から抜け出す方法はあるのだろうか、筆者たちは最新の脳科学を駆使して孤独のメカニズムに迫った。

孤独は脳からやってくる

学者アンデッシュ・ハンセンは、著書「スマホ脳」に人類が誕生してから1世代を一つの点で表す表を描いた。人類誕生から現代まで、20万年間の世代数は1万個の点になる。そのうち8個の点は電気や水道を体験した世代である。コンピューターや携帯電話、飛行機を経験した世代は3個、スマホやインターネットに触れる世代にいたってはわずか1個になる。

残りの99992個は人間の脳が普通に過ごしてきた世界である。8対9992、3対9997、1対9999、脳は現代のテクノロジーについていけない。馴れるにはあまりに期間が短いのだ。最新技術と脳のギャップは色んな問題を起こす。孤独の深刻化もその一つである。

ベルリンでも、何も変わりがありませんでした。                                                               

その前のスイスでも。                                           

人は、生まれつき孤独なのです。 

‐アインシュタイン 誰でも知ってる論理物理学者‐

アインシュタインのような飛び抜けた性格の人でも孤独を感じた。現代社会は他者との触れ合いがない人たちを生み出している。孤独は老人だけでなく若者にも広がり深刻な影響を及ぼしている。米国では人口の30%が独りで暮らしその20%が孤独に苦しんでいる。

孤独は、精神的な苦痛と共に肉体にも悪い影響を与える。色んな病気の原因になり寿命を縮める。若者を攻撃的にしてテロや無差別殺人の温床になる。孤独でモテない若い男たちは自らを「インセル」と呼び女性を敵視する。そんな孤独が欧米の都市で増え続けている。

近代になって、欧米では都市が大きくなり孤独の問題だ深刻化した。そのため早くから研究が進んだ。脳の機能、遺伝、病気、社会状況や経済環境との関係と広範囲に渡り、特定社会集団を数十年間に渡って追跡する調査などが行われてきた。心理実験、最新技術による脳の研究も続いている。その結果孤独の正体が徐々に明らかになってきた。「敵を知り己を知れば百戦危うからず」孤独の正体が分かればそれに苦しむ人たちを助けられる、と筆者たちは考える。

第1部 孤独は人の持つ社会性にある

本書は3部構成になっていて、第1部は人の持つ社会性と孤独の関係である。孤独は人類の持つ社会性に起因する。人類の一個体は弱く、集団で暮らすことによって捕食者や自然現象に対抗するしかなかった。そのため集団を維持する社会性を発達させた。

集団を離れた個体はとても弱い存在で、生き残るのが困難になり、自らの遺伝子を残せない。集団に残れば生存の確率が高くなり子孫を残せる。集団で暮らせる個体が生き残ってきた。集団から離れないのが重要だった。そのように生存のために共同体で暮らす人たちは、共同体と結びつくこと自体に心地よさを感じるようになる。

脳は共同体との結びつきに快感を感じ、離れると不安になるように進化した。脳は不安になると警告を発する、それが孤独感である。孤独は脳の正常な働きであるが、警告なので覚まし時計のベルや救急車のサイレンのような不快感を伴う。孤独の不快感は身体にも悪影響を与える。

しかし、現代は共同体から離れても命を脅かす動物や災害は殆ど無い。過去に警告が必要だったとしても、現代はそれが不要なはずだ。それなのに警告が出されるのは、脳が生存競争の時代からあまり変わっていないからである。脳のプログラムは過去のままなのだ。

脳は共同体に所属していることに快感を得る。脳が認識する現代の共同体との結びつきは、自分が社会に貢献をしていると確認できることである。自分は社会に貢献していない、自分の存在は社会にとって意味がないと感じると、脳は集団から離れたと認識して孤独感という警告を出す。

第2部 脳は利他的行為を好む

第2部は利他的行為の重要性である。脳は社会貢献のような利他的な行為を共同体に行う時、集団に結びついていると感じる。他者や共同体を助けると快感を得る仕組みになっている。ダーウィンは人が利他的すぎると悩んだ。人は自分を犠牲にして他者を救う。

これは、生物は自己の遺伝子を残すのを最優先にする、という進化論に反するからだ。ただ人以外にもそのような生物が存在する。真社会性生物と言われるアリやハチである。働きアリやハチは自分の遺伝子を残そうとしない。

なぜ自分の遺伝子を残す欲求がないのか。ダーウィン没後、生物学者はその理由を解明した。働きアリやハチも利他的な行為のなかに自分と同じ遺伝子を残す手段を持っていた(働かないアリに意義がある)社会生活を営むためには利他的な行為が必要なのだ。それは人類も同じである。

脳は、その重要な利他的行為を取るために、利他的行為を感じると「幸福感を感じ健康に良いホルモン」オキシトシンを分泌するようになった。オキシトシンは、母親が赤ちゃんに授乳するとき、恋人が抱き合うとき、友人とハグをするときのような肉体的な触れ合いでも分泌される。いずれも共同体の維持に必要な行為なのである。

オキシトシンは、利他的な行為や肉体的触れ合いが無いと分泌されず、幸福感を感じなくなり、集中力や判断力が衰える。睡眠の質も悪くなる。そうなると心臓病や癌のリスクが高まり老化が早くなる。脳が、利他的な行為をしたと感じないと孤独になり幸福でなくなるのだ。

第3部、孤独からの脱出法は誰かを助けること

第3部は孤独との付き合い方である。アムステルダム自由大学のドレッド・ホームス教授は、何千人もの一卵性双生児を長期間追跡調査して、遺伝が性格に影響を与える割合が48%であることを解明した。この遺伝は、孤独の感じ方が人によって違うことを示している。遺伝に強い人弱い人がいる。

ただ、遺伝によって感じ方が異なっても、いったん陥いってしまった孤独から脱出する方法は一つしかない。自分から何かをしないといけないのだ。それが出来ないと孤独から抜け出せない。筆者は二つの例を挙げている。

ある女性がイタリアへ出張した。出張先で疎外されて強い孤独を感じ孤独に苛まれ、とにかく誰かと話したいと思う。彼女は修理の必要のない靴を持って靴屋へ行き主人と話した。店の主人と交流が始まったことで孤独から開放された。

ある若い会社員は日々孤独を感じていた。ある日、彼は電車でサンドイッチを買うが余ってしまう。それを駅のホームレスに渡そうと考えた。ホームレスは差し出されたサンドイッチ胡散臭そうに受け取り、そのあとに彼に頷きを返す。彼はその頷きよって自分が承認されたと感じ孤独から脱した。

二人に共通するのは、小さい行為だが自分から行動したことだ。脳は、自分が他者を助けていると認識すると孤独を感じない。共同体と繋がっていると判断する。利他的な行為は他者を救うだけなく、孤独から脱出することで自分を救う。孤独から脱出は他者を助けることなのだ。そんな事ができるくらいなら初めから孤独なんかならない、と思う人もいるだろう。だが最新の脳科学が発見した孤独の脱出法である、やってみる価値はある。読む価値がある一冊、ただ長い。

Posted by 街の樹