本 「緊急提言パンデミック」 パンデミックがもたらす社会的危機への警告  

2023年8月15日

筆者ユヴァル・ノア・ハラリは、歴史学者であり世界的なベストセラー「サピエンス全史」の著者である。人類は感染症をつね克服してきたがそのつど歴史は変わってきた。アントニヌスの病はローマ帝国を滅ぼし、ペストは教会の権威を失墜させルネッサンスを起こした。コロナは人類の歴史にどのような影響を与えるのか。筆者は対策で使われた技術や医学がポストコロナに悪い変化をもたらすことを危惧している。

筆者の母国であるイスラエルにかつてプディング法が存在した。文字通り「プディングの作り方を規制」する法律である。法律は1948年戦時下の一時措置として施行され2011年に改正された。イスラエル人たちは、なんと63年間、プディングの作り方を規制された。為政者は一度握った規制は離さないのだ。

イスラエルのプディング法は独裁につながる

人間はウィルスより圧倒的に強力であり、この危機にどう対応するかを決めるのは、私たちなのだ。ポストコロナの世界のあり方は、今私たちが下すさまざまな決定にかかっている。私達が直面して最大の危険はウィルスではなく、人類が内に抱えた魔物たち、すなわち、憎悪と強欲と無知だ。

緊急提言 パンデミック ユヴァル・ノア・ハラリ 柴田裕之(訳)

本書が2020年に出版された当時、筆者が心配した技術や医学の悪影響は幸いにも現在は現れていない。開発途上国(特にアフリカ)でのパンデミックの被害も少なかった。ワクチンの開発も終わっている。イスラエル人である筆者は、母国の緊急事態宣言(戦時)下のコロナ対策に独裁の危険を感じていた。

それは、コロナ対策の名目で普段なら長い議論を必要とする法律が簡単に決められたからだ。決まった法律を元に戻すのは難しいのはプディング法が示している。独裁を許す法律すら決められる雰囲気だったのである。

「一時的なコロナ対策」として成立した法律は、その後も残り続ける可能性が大きい。私たちはコロナの教訓として、未来へ影響する法律について拙速な判断を避けなければいけない。

人類は重要な分岐点に立っている

コロナ対策では個人的人権の制限が注目された。感染者の監視と行動制限である。コロナは人間を監視社会になるか否かの分岐点に立たせた。一方の道は、政府から独立した機関が監視データを管理し個人の自由が保障された社会、もう一方は、政府が監視データを管理し個人の自由を制限する社会である。後者は独裁に繋がる道でもある。

感染が拡大しているときに、感染者の体調や行動を監視せよという意見が増加した。ただ監視を一旦認めればコロナ後も続く。中国では政府が人民の行動を監視する体制が出来上がっている。監視は独裁を強化するのに有効である。独裁的政策への支持も増加した。人権を無視できるので迅速な対策が可能になるからだ。

独裁主義による対策は短期的有効に見えるが、情報公開がされないため根本的な対策を見つけることができない。さらに人権の制限が伴い民主義的の否定である。それが続けば独裁に至る。独裁と監視は常に一体になる。

極端な例になるが、国民がコロナ対策として政府に独裁と無制限の監視を許したとする。独裁者は個人の体調(体温や血圧、脈拍)や行動(映画やニュース、購買、趣味等)のデータをを入手できるようになる。体調のデータから個人の感情を知ることは可能だ。自分の敵対者を容易に見つけられるのである。

例えば、ある男が金正恩氏の演説を聞き、熱狂的に手を振り支持を表明している。しかし彼が装着する体調監視装置が怒りのデータを政府に送っていたらどうなるだろう。皮膚の下まで監視する技術は既にあるのだ。

独裁と監視社会を防ぐのは

ハラリは過去の歴史から人類がコロナに勝利するとを信じている。人類は科学が進んでいない時代でも感染症を克服し生き残ってきたからだ。ただ現代の進んだ科学技術や医学は過去にないリスクとなるのを危惧する。選択を誤ればポストコロナは悲惨な社会になるかもしれない。

悲惨な社会は、独裁、極度の監視、孤立主義(脱グローバル)科学を信用しない陰謀論の社会である。個人の自由は制限され情報統制ために自由な研究ができない。そのため新しい感染症や災害に対して脆弱なる社会だ。

もうひとつは、民主主義国家がグローバルに連帯し、情報が共有され自由な研究ができる社会だ。個人の自由が保障され科学が信頼される社会である。研究活動が自由なため新しい感染症や災害に対して強くなる。どちらを選ぶのか一人一人の選択にかかっている。

パンデミックの初期、中国と韓国と台湾がコロナ対策に成功していると言われた。中国は共産党独裁の国であり個人的人権は配慮されない。2億台のカメラによって国民を監視すて街を封鎖した。韓国は感染者の人権を無視してGPSを装着させた。台湾はイスラエルと同じ戦時下にあり、政府の強制力が強い。どの国も独裁的な政策を取り、成功したと言われた。

欧米や日本は、ロックダウンはしたが私権の制限や監視はほとんどしなかった。そのため感染拡大に苦しんだが、早期のワクチン開発によって危機を脱した。民主主義各国が長期的には感染防止に成功した。筆者の予想が当たったと言える。

ハラリは、歴史学者として人間がパンデミックの最中に間違いを犯すのを知っている。ペストの時代、ユダヤ人やロマ人は病気を媒介すると迫害された。コロナ感染症についても多くの間違った情報が流れ人はそれを信じた。ハラリのような警鐘は重要だった。

ハラリ氏の示唆と日本の現状

日本では、孤立主義、PCR検査と監視の強化、私権の制限を求める意見が多くあった。テレビは連日、無責任なコメンテーターがその意見を煽った。社会は、ワクチンの接種が始まり落ち着きを取り戻したが、マスクの着用一つをとっても海外との意識の差は大きい。

世界は、独裁主義か民主種主義か監視社会か自由社会かの分岐点にたっていると言える。独裁主義国家の数は民主主義国家を超えた。私たちは独裁主義国にならないように慎重な判断をすることが求められる。メディアに踊らされてはいけないのである。

パンデミックの時代に気を付けるべきことを教えてくれる一冊。薄いけれど中身は濃い。

Posted by 街の樹