本 「緊急提言パンデミック」 パンデミックがもたらす社会的危機への警告  

2024年11月15日

筆者ユヴァル・ノア・ハラリは、歴史学者であり世界的なベストセラー「サピエンス全史」の著者である。人類は過去に何度も感染症を克服したが、そのつど歴史は変わった。アントニヌスの病はローマ帝国を滅ぼし、ペストは教会の権威を失墜させルネッサンスを起こした。今世紀のコロナによって人類の歴史にどのような影響を受けたのか。筆者は病気の流行中。何を危惧していたのか。それは独裁と監視社会だった。

独裁はプディングの作り方を規制する

筆者の母国のイスラエルに、かつてプディング法がという法律が存在した。文字通り「プディングの作り方」を規制する法律である。法律は1948年戦時下の一時措置として施行され2011年に改正された。イスラエル人たちは、なんと63年もの間プディングの作り方を規制された。為政者は一度握った規制は離さない。

人間はウィルスより圧倒的に強力であり、この危機にどう対応するかを決めるのは、私たちなのだ。ポストコロナの世界のあり方は、今私たちが下すさまざまな決定にかかっている。私達が直面して最大の危険はウィルスではなく、人類が内に抱えた魔物たち、すなわち、憎悪と強欲と無知だ。

緊急提言 パンデミック ユヴァル・ノア・ハラリ 柴田裕之(訳)

コロナはワクチンの開発も終わって収束したように見える。発展途上国(特にアフリカ)のパンデミックの被害も心配より少なかった。筆者が本書で危惧した技術や医学の悪影響も現れていない。ただ筆者の心配はそれだけではなかった。イスラエルの緊急事態宣言(戦時)下の対策に独裁の危険性を感じていたのである。

普段なら長い議論を必要とする法律が、コロナ対策の名目で簡単に決められたからだ。独裁を許す法律すら決められる雰囲気だった。一度決まった法律を廃案にするのは難しい。それはプディング法が示している。「一時的なコロナ対策」として成立した法律でも残り続ける。未来へ影響する法律を拙速に決めるのは危険なのだ。

人類は重要な分岐点に立っている

感染者の監視と行動制限という個人の人権の制限についても盛んに議論された。それは有効な対策に思えるが一度決まってしまえばコロナが収束した後も続く。コロナは、人を監視社会と自由な社会の分岐点に立たせていた。ひとつは政府が個人の監視データを管理し自由を制限する監視社会の道で、もうひとつは、政府から独立した機関がデータを管理し個人の自由が保障される自由な社会への道である。

感染中は、感染者の体調や行動を監視せよという意見が増加した。独裁は人権を無視できるので迅速な対策が可能になる。そのため独裁的政策への支持も増えた。中国は政府が人民の行動を監視する体制を完成させている。独裁を維持するのに監視は有効だ。監視を一旦認めればコロナ後も続き、独裁主義につながる危険性がある。

独裁主義的な対策は短期的に有効に見えるが、情報公開がされないため根本的な対策を見つけることができない。さらに人権の制限が伴い民主義的が否定される。それが続けば独裁に至る。独裁と監視は常に一体なのだ。

筆者は極端な例として怖い話をあげている。国民が政府にコロナ対策として独裁と無制限の監視の権限を与えたとする。政府は個人の体調(体温や血圧、脈拍)や行動(映画やニュース、購買、趣味等)など全てのデータをを入手できる。個人の感情を体調のデータから知ることが可能になり、敵対者の発見を容易にするのだ。

金正恩氏の演説を聞いているある男は、手を振り熱狂的な支持を表明している。だが彼が装着する体調監視装置が怒りのデータを政府に送っていたら。皮膚の下まで監視する技術は既に完成しているのだ。

独裁と監視社会を防ぐのは

ハラリは過去と同じく人類がコロナに勝利するとを信じていた。科学が進んでいない時代も感染症を克服し生き残ってきたからだ。その進んだ科学技術や医学は過去にないリスクになる可能性がある。選択を誤れば過去にない悲惨な社会になるかもしれない。

悲惨な社会とは、独裁、極度の監視、孤立主義(脱グローバル)、科学を信用しない陰謀論の世界である。個人の自由は制限される。情報統制ために自由な研究ができず新しい感染症や災害に対して脆弱なる。その逆は、民主主義国家がグローバルに連帯し情報が共有されて自由な研究ができる社会だ。個人の自由は保障される。科学が信頼され、研究活動が自由にできるため新しい感染症や災害に対して強くなる。

パンデミックの初期、中国と韓国と台湾がコロナ対策に成功したと言われた。中国は共産党の独裁であり個人的人権は配慮されない。2億台のカメラを使って国民を監視して街を封鎖した。韓国は感染者の人権を無視するGPSを装着させた。台湾はイスラエルと同じ戦時下の政府の強制力が強い国家である。独裁的な政策により成功したと言われた。

それに対して、欧米と日本はロックダウンはしたが私権の制限や監視はほとんどしなかった。感染拡大に苦しんだがワクチン開発によって急激に収束させた。中国は長い期間病気に苦しんだ。結果として民主主義国家が感染の収束に成功した。筆者の予想が当たったと言える。

ペストの時代、ユダヤ人やロマ人は病気を媒介すると迫害された。ハラリは歴史学者として人がパンデミックの最中に多くの間違いを犯したことを知っていた。今回のコロナでも多くの間違った情報が流れた。ハラリのような警鐘は重要なのである。

ハラリ氏の示唆と日本の現状

日本でも、一時期、孤立主義、PCR検査と監視の強化、私権の制限を求める意見が多かった。無責任なコメンテーターはメディアでその意見を煽った。社会はワクチンの接種が始まり落ち着きを取り戻したが、マスクの着用にしても海外との意識の差は大きい。

いま世界は、独裁主義か民主種主義か、監視社会か自由社会か、その分岐点にたっている。独裁主義国家の数は民主主義国家より多い。私たちはメディアに踊らされてはいけない。独裁主義国にならないように慎重な判断をすることが必要なのである。パンデミックの時代に気を付けるべきことを教えてくれる一冊。薄いけれど中身は濃い。

Posted by 街の樹