本 「世界史を変えた13の病」コロナは歴史を変えたか 

2024年11月11日

筆者ジェニファー・ライトは、女性に焦点を当てた歴史エンターテイメントを書く作家である。彼女は人類の歴史が病気との戦いだったことに注目し歴史に大きな影響を与えた13の病気を選び物語にした。

彼女が指摘するように人類は度々パンデミックに見舞われた。ローマ帝国で流行ったアントニヌスの病は帝国を滅亡させた。ペストはキリスト教会の権威を失墜させてルネサンスを起こす。天然痘はスペイン人によって南米に持ち込まれインカやアステカ文明を滅ぼしたが、コロンブス交換で南米の梅毒が欧州に広まったのである。

一地方の病気に過ぎなかったコレラやスペイン風邪は、人類が初期対応を誤ったために世界的なパンデミックになり大勢の命を奪った。WHOと中国は、その経験があるにも関わらず中国の一都市で発生した新型コロナを隠蔽しようとして失敗し世界的な感染爆発を招いた。パンデミックに至る原因は常に人間社会の都合にあった。人類はそれでも大きな犠牲を出しながらも最終的に勝利してきた。しかしその度に社会は大きく変貌したのである。

病気は歴史を変えたきた

人はパンデミックが起こると病気の原因を追究して新しい治療法を開発する。いつの時代にも病気と戦う人たちがいた。彼らは、病気の原因だけでなく当時あった迷信や奇妙な治療法と戦わねばならなかった。現代から見れば奇妙な治療法は当時は効果があると固く信じられていた。新しい治療法を提唱する医者が変人扱いされるのも珍しくなかったのである。

古い治療法は、犠牲者の数が増え続けた結果効果がないことをみんなが理解するまで続けれられた。新しい治療法や防疫法が社会に受け入れられるのはその後になる。感染症は社会や人の考え方が変わってやっと収束するのだ。そうして病気は社会と歴史を変えるのである。

筆者は、科学者が病気の原因を追求し治療法を発見する過程を姿を通じて、社会が変っていく様子をときにユーモラスにときに辛辣な描きだす。そこには多くの人間ドラマがあった。彼女が選んだのは以下の病気である。

アントニヌスの疫病 医師が病気について書いた最初の歴史的記録

ダンシングマニア 死の舞踏

線ペスト 恐怖に先導されて

天然痘 文明社会を即座に荒廃させたアウトブレイク

梅毒 感染者の文化史

結核 美化される病気

コレラ 悪臭が病気を引き起こすと考えられた

ハンセン病 神父の勇敢な行動が世界を動かした

腸チフス 病原菌の保菌者の権利

スペインかぜ 第一次世界大戦のエピでミック

嗜眠性能炎 忘れられている治療法のない病気

ロボトミー 人間の愚しさが生んだ「流行病」

ポリオ 人は一丸となって病気を撲滅した

世界史を変えた13の病

米国の善意が世界を救ったポリオワクチン(13章)

CBSの報道記者エドワード・R・マローがワクチンの特許を取る(大金を稼ぐ)つもりかどうかソークにきいた。特許の所有者は誰かと尋ねると、周知のとおり、ソークはこう答えた。「民衆のもといってでも言っておきましょう。特許を取ることなどできません。太陽が誰のものでもないように」

世界史を変えた13の病 ジェニファー・ライト(著) 鈴木涼子(訳) 原書房

ジョナサン・ソークが、ポリオの不活性ワクチンの開発に成功したときの記者会見で述べた言葉である。彼はこの返答ほど素晴らしい人物ではなかったが(テイカーの代表とされる)ワクチン開発に大きな貢献をした。親と子供にとってポリオ(日本で小児麻痺の名前で知られている)はたいへん恐ろしい病気だった。

この病気のために多くの子供たちが障害者になった。米国第32代大統領フランクリン・デラノ・ルーズベルトも車椅子生活になった。その大統領は自らリーダーとなってポリオに戦いを挑んだのである。支援財団と療養施設を創設し、患者や家族を自筆の手紙で励ました。療養施設が資金不足に陥るとチャリティ舞踏会を開いて資金を集めた。

超党派の議員によって全米小児麻痺財団が設立されると、700万人がボランティアとして働き、国民の60%が寄付をした。ソーク達はそのおかげでワクチン開発に成功できた。ワクチンが開発されると1800万人の親子が治験に志願したのである。

次の大統領アイゼンハワーは、その有効性が確認されると全米の子供達に無償で供給した。冷戦の最中だったにも関わらず「ソ連を含むすべての国にワクチンを与える」と宣言した。ポリオの恐怖から世界中の親子が開放された瞬間だった。

有名人も罹った梅毒

アントニヌスの疫病は、ローマ帝国後期、哲人皇帝ストア哲学者マルクス・アウレリウスの時代に流行した。皇帝は病気の収束に成功するがローマ市民が減少した。そのため国を支える軍団に外人傭兵を入れざる得なくなり、それが帝国の滅亡につながった。

ペストはヨーロッパの3割がなくなる酷い感染症だった。当時は奇妙な治療法がたくさん生まれた。預言者ノストラダムスも医者として薔薇水を薬として治療に活躍している。しかし犠牲者が減らなかった。民衆の不満は教会に向かい、教会の権威は失墜し中世を終わらせるきっかけとなる。

天然痘はコロンブス交換によって南米に持ち込まれた。インカやアンデスの人たちは免疫を持たなかったので、ひとたまりもなくスペイン人に屈した。その代わり新大陸に存在した梅毒は、帰国するスペイン人たちと共に欧州に渡りわずか20年で世界中に広がる。ニーチェの思想は梅毒の賜物と言われ、ベートーヴェン、ナポレオン、リンカーン、加藤清正など多くの有名人が罹った。徳川家康はそれを知り遊女との遊びを避けた。

梅毒の症状であるバラ状発疹や鼻の欠損、思考の異常は、聖職者にも容赦なく現れ教会の裏側を露わにした。それでも人間はしぶとい、英国で結成された「ノー・ノーズド・クラブ」鼻が欠けているのが入会資格で「ありがたいことに俺たちには鼻がないが口はある。ご馳走に今のところ一番役にたつ機関は残っている」と鼻を失くしてもユーモアは無くさないのである。

病気に立ち向かった人たち

病気に立ち向かう人もたいへんだった。社会から評価されると限らない。コレラ対策に奔走し成果を上げたジョン・スノウは変人と揶揄された。ハンセン病患者の救済に尽くしたダミアン神父も評価されず21世紀になってやっと聖人に列せらるありさまで、スペイン風邪の防疫で大きな功績を上げたハワード・アンダーソンは今も無名のままである。

新しい治療法を妨害したり被害を大きくした人たちも多くいた。当時の医者や科学者は迷信や奇妙な治療を支持した。それを信じた人々は新しい治療法を攻撃した。スペイン風邪はもともと米国の一地方の病気だったが、米国のジャーナリズムが病気の流行を隠蔽したことから世界的なパンデミックになった。人類はいつも同じ過ちを犯す。

歴史が教えるアウトブレイクの教訓

1995年にダスティ・ホフマン主演の映画「アウトブレイク」が大ヒットした。エボラウイルスは、アフリカから研究用として米国に持ち込まれたミドリザルに潜んでいた。エボラに感染すると全身から血を流して死んでしまう。政府は治療法のない致死の病気にパニックになり、感染広大を防ぐために街一つを焼き払おうとするが、主人公の活躍で間一髪で救われる。最後に洞窟に住むコウモリが宿主だったと暗示して映画は終わる。

2019年12月、中国の武漢で新型コロナ感染症が発生した。市場で売られたコウモリから感染したとされる。これを中国とWHOは病気を隠蔽して中国政府は春節の旅人を世界中に送り出したのである。その結果世界的なパンデミックになった。人類はスペイン風邪と同じ失敗を再び犯した。

現在、ワクチンや治療薬によって新型コロナはほぼ収束した。死者数は過去のパンデミックと比べる少ない。ペストやスペイン風邪の時代の人たちはその数の少なさに驚くだろう。マルクス・アウレリウスなら「なぜ道路に死体がないのか」と言ったかもしれない。

人類は、科学や医学の発達によって病気に対抗する強力な力を得たが、同時に悪い技術の影響も増やしている。メディアは世界の情報を即時に知らせるが注目を増やすことを優先し恐怖を煽る。SNSはフェイクニュースを氾濫させる。

メディアに煽られた人たちは短期的な対策や根拠のない治療法を求めワクチンやマスクを拒否した。短期的な対策が取りやすい独裁主義が評価され、個人の人権制限や監視強化が求められた。グローバル化を否定する人も増加した。社会は、独裁主義と監視社会を支持する集団と民主主義と個人の自由を支持する集団に分断され、どちらかを選ぶ岐路に立ったがなんとか正しい選択をしたようだ。

パンデミックのときどのような選択をすべきか。「世界史を変えた13の病」は参考にするのに相応しい一冊。訳が今ひとつのせいか、筆者のユーモアが伝わりにくいけれど満載されている。面白い本である。