本 「世界史を変えた13の病」コロナは歴史を変えたか 

2024年9月18日

ジェニファー・ライトは、女性に焦点を当てた歴史エンターテイメントを書いている。彼女は人類の歴史は「病」との戦いだったことに注目し、世界の歴史に大きな影響を与えた13の病気を選んで物語にした。それらの病はたしかに世界の歴史を変えていた。

人類の歴史は「病」との戦いだった。アントニヌスの病はローマ帝国を滅亡させ、ペストはキリスト教会の権威を失墜させてルネサンスを起こした。天然痘はスペイン人によって南米に持ち込まれ、インカやアステカ文明を滅ぼしたが、梅毒はお返しのように南米から欧州に渡りあっと言う間に広まった。

コレラやスペイン風邪は一地方の病気に過ぎなかったが、初期の対応を誤ったために、世界的なパンデミックになり大勢の人が亡くなった。21世紀中国の一都市で発生したコロナは、WHOと中国の失敗で世界的に感染爆発した。パンデミックの原因は常に社会状況にあったのである。それでも人類は大きな被害を出しながら最後に勝利するが、その度に社会は大きく変貌した。

病気は歴史を変えたきた

人類はパンデミックが発生すると病気の原因を追究し新しい治療法を開発した。どの時代にも病気と戦う人たちがいたが、当時の迷信や奇妙な治療法とも戦わねばならなかった。今から見れば奇妙な治療法は、当時の人に効果があると固く信じられ、犠牲者が増え続けて古い治療法に効果がないことがわかるまで、新しい治療法や防疫は受け入れられない。新しい治療法を提唱する医者が変人扱いされるのも普通だったのである。

社会の考え方が変わってやっとパンデミックは収束する。社会が変わらないと病気は終わらない。結果として病気は社会と歴史を変えてきた。筆者は、病気が社会を変える過程を、科学者が病気の原因を追求し治療法を発見する姿を通じて、ときにユーモラスにときに辛辣に描きだす。そこには多くの人間ドラマがあった。

アントニヌスの疫病 医師が病気について書いた最初の歴史的記録

ダンシングマニア 死の舞踏

線ペスト 恐怖に先導されて

天然痘 文明社会を即座に荒廃させたアウトブレイク

梅毒 感染者の文化史

結核 美化される病気

コレラ 悪臭が病気を引き起こすと考えられた

ハンセン病 神父の勇敢な行動が世界を動かした

腸チフス 病原菌の保菌者の権利

スペインかぜ 第一次世界大戦のエピでミック

嗜眠性能炎 忘れられている治療法のない病気

ロボトミー 人間の愚しさが生んだ「流行病」

ポリオ 人は一丸となって病気を撲滅した

世界史を変えた13の病

米国の善意が世界を救ったポリオワクチン(13章)

CBSの報道記者エドワード・R・マローがワクチンの特許を取る(大金を稼ぐ)つもりかどうかソークにきいた。特許の所有者は誰かと尋ねると、周知のとおり、ソークはこう答えた。「民衆のもといってでも言っておきましょう。特許を取ることなどできません。太陽が誰のものでもないように」

世界史を変えた13の病 ジェニファー・ライト(著) 鈴木涼子(訳) 原書房

ジョナサン・ソークが、ポリオの不活性ワクチンの開発に成功したときの記者会見で述べた言葉である。彼は回答ほど素晴らしい人物ではなかったが(テイカーの代表とされる)ワクチン開発に大きな貢献をした。子供にとってポリオ(日本で小児麻痺の名前で知られている)はたいへん恐ろしい病気だった。

この病気のために多くの子供たちが障害者になった。米国第32代大統領フランクリン・デラノ・ルーズベルトも車椅子生活になった。その大統領がリーダーとなってポリオに戦いを挑んだ。大統領は支援財団と療養施設を創設し、自筆の手紙を書いて患者や家族を励ました。

療養施設が資金不足に陥るとチャリティ舞踏会を開いて資金を集めた。全米小児麻痺財団が超党派で設立されると、700万人がボランティアとして働き国民の60%が寄付をした。それよって、ソーク達はワクチン開発に成功することができたのである。ワクチンが開発されると1800万人の親子が治験に志願した。

次の大統領アイゼンハワーは、ワクチンの有効性が確認されると無償で全米の子供達に供給した。冷戦の最中だったが「ソ連を含むすべての国にワクチンを与える」と宣言した。それは世界中の親子がポリオの恐怖から開放された瞬間だったのである。

有名人も罹った梅毒

アントニヌスの疫病は、ローマ帝国後期、哲人皇帝ストア哲学者マルクス・アウレリウスの時代に流行した。皇帝は病気の収束に成功したが、ローマ市民が減少して国を支える軍団が傭兵軍団になり、やがて帝国の滅亡につながった。

ペストは奇妙な治療法をたくさん生み出す。預言者ノストラダムスも医者としてペストの治療に活躍した。しかし犠牲者が減らな状況に民衆の不満は教会に向かう。協会の権威は失墜し中世を終わらせるきっかけとなった。

天然痘はコロンブス交換によって南米に持ち込まれ。インカやアンデスの人たちは免疫を持たなかったのでひとたまりもなかった。その代わりに、新大陸に存在した梅毒は、帰国するスペイン人たちと共に欧州に渡りわずか20年で世界中に広がった。梅毒はニーチェの思想に影響を与え、ベートーヴェン、ナポレオン、リンカーン、加藤清正など多くの有名人を襲った。徳川家康はそれを知り遊女との遊びを避けている。

梅毒の症状であるバラ状発疹や鼻の欠損、思考の異常は、聖職者にも容赦なく現れ教会の裏側を露わにした。それでも人間はしぶとく、英国では鼻が欠けているのが入会資格の「ノー・ノーズド・クラブ」が結成されている。「ありがたいことに俺たちには鼻がないが口はある。ご馳走に今のところ一番役にたつ機関は残っている」と鼻を失くしてもユーモアは無くさない。

病気に立ち向かった人たち

病気に立ち向かった人もたいへんである。社会から評価されると限らないのだ。ジョン・スノウはコレラ対策に奔走し成果を上げたが変人と揶揄された。ダミアン神父はハンセン病患者の救済に尽くしたが評価されなかった。21世紀になってやっと聖人に列せられた。ハワード・アンダーソンはスペイン風邪の防疫で大きな功績を上げたが無名である。

新しい治療法を妨害したり被害を大きくした人たちも多くいる。当時の医者や科学者は迷信や奇妙な治療を支持しそれを信じた人々は新しい治療法を攻撃した。スペイン風邪はもともと米国の一地方の病気だったが、米国のジャーナリズムが病気の流行を隠蔽したことから世界的なパンデミックになった。人類はいつも同じ過ちを犯すのである。

歴史が教えるアウトブレイクの教訓

1995年にダスティ・ホフマン主演の映画「アウトブレイク」が大ヒットした。エボラウイルスは、アフリカから研究用として米国に持ち込まれたミドリザルに潜んでいた。エボラに感染すると全身から血を流して死んでしまう米国政府は治療法のない致死の病気にパニックになる。感染広大を防ぐために街一つを焼き払おうとするが、主人公の活躍で間一髪で救われる。最後に洞窟に住むコウモリが宿主だったと暗示して映画は終わる。

2019年12月、中国の武漢で新型コロナ感染症が発生した。市場で売られたコウモリから感染したとされる。これを中国とWHOはスペイン風邪のときと同じく隠蔽しようとした。中国政府は春節の旅人を世界中に送り出して世界的なパンデミックになった。スペイン風邪の流行と同じ失敗を再び犯したのである。

現在、ワクチンや治療薬によって新型コロナはほぼ収束した。死者の数は過去のパンデミックと比べる少ない。ペストやスペイン風邪の時代の人たちなら、その数の少なさに驚くだろう。マルクス・アウレリウスなら「なぜ道路に死体がないのか」と言ったかもしれない。

人類は、科学や医学の発達によって病気に対抗する力を強力にした。だが技術は同時に悪い影響も増やしている。メディアは世界の情報を即時に知らせるが、商業主義から注目を増やすのを優先し恐怖を煽る。SNSはフェイクニュースを氾濫させるようになった。

煽られた人は短期的な対策や根拠のない治療法を求め、ワクチンやマスクを拒否した。短期的な対策が打つ独裁主義が評価され、個人の人権制限や監視強化が求められた。グローバル化を否定する人も増加した。社会を、独裁主義と監視社会を支持する集団と、民主主義と個人の自由を支持する集団に分断した。人類は独裁主義か民主主義かの岐路に立ち、選ぶのは私達自身だったがなんとか正しい選択をしたようだ。

パンデミックが起こったとき、どのような選択をすべきか。「世界史を変えた13の病」は参考にするのに相応しい一冊。訳が今ひとつのせいか伝わりにくいけれど筆者のユーモアが満載されている。そこもとても面白い。