本「自分を知りたい君たちへ読書の壁」読む三つの楽しみ
ご存知養老先生の書評集である。タイトルは若者のお悩み相談のようだが中身は書評である。本当の知性は自分の主張を他者に押し付けたりしない。養老先生も同じで自分を知る方法を無理に教えたりしない。自分が読んだ59冊を紹介するのみである。
この本には三つの楽しみがある、一つ目は自分の読んだ本が養老先生によってどのように評論されたかを知ること、次は読みたい本や買いたい本が見つかること、三つ目は理系つまり科学者の考え方がわかることだ。
養老先生の書評心得
養老先生といえば「バカの壁」が有名だが、日常生活を描いたNHKのドキュメンタリーも面白かった。愛猫マルとの別れでは、マルの死に落ち込みながらも生物の宿命を理性的に受けいれる姿は、まさに科学者そのものだった。
先生は、解剖学の権威であり、ベストセラー作家であり、昆虫採集の達人であり、漫画への造詣も深い知性の塊のような人である。先生が読む本には自分を知るヒントがきっと隠されているに違いない。先生は前書きで丸谷才一氏から教えられた書評の心得を述べている。自分の意見を本をダシにして書くのが一番いけないらしい。先生は自分の意見が長くならないように自重したそうだが、どうして先生の意見がたっぷり入っている。
理系の書評がほとんど、文系には理系の壁
取り上られた本のほとんどが自然や科学に関するものだ。なかでも外国の著書の翻訳が多い。外国人は特殊な分野を掘り下げるのが得意だそうだ。日本人は、情緒的であり物事を理論的に組み立てるのが不得意らしい。理系の先生はやはり理系学者に興味を惹かれるらしい。
書評は、好みで書かいているから売るための書評とは一線を画している。ジャレット・ダイヤモンドの「文明崩壊」は東洋的専制に偏見を持ちすぎていると怒る。チャールズ・クローバーの「飽食の海」は読んで不愉快である、なぜならマグロを食うなと書くからだという。
だが読まないといけない本は読むという、このあたりが理系の人らしい。文系は気に入らなければ手を出さない。学生や本を読む必要のある職業以外の人は何を読もうが勝手である。読まないのは個人の自由だが、世の中に読んだ方が良い本は必ずある。紹介されているのはそのような本ばかりである。
1.「見る目」が変われば世界が変わる<自然>
2.知れば知るほど自由になる<科学>
3.希望は自分のなかにある<社会>
4.人生は一つの作品である<人間)
<自分を知りたい君たちへ>読書の壁 養老孟司 毎日新聞出版
1章は、昆虫や生物の本である。人間が見ている世界は昆虫の視点から見ると大きく変わる。それが面白い。「完訳ファーブル昆虫記」「ドングリと文明」「ミミズの話」「6度目の大絶滅」など16冊がある。
2章は、遺伝子や脳について。「遺伝子神話の崩壊」「ネット・バカ」「LIFESPAN]など16冊。
3章は、社会問題全般について。「文明崩壊」「ルポ・貧困大国アメリカ」「サピエンス異変」など16冊がある。
4章は、人間の可能性に肯定的な本が登場する。「人生があなたを待っている」「天地明察」「脳は回復する」「チョウが語る自然史」など11冊。
どの章も先生独特のユーモアが漂う書評になっている。内容の説明はあるが詳細は書かれておらず、書評と同時に秀逸なエッセイになっている、どの章を読んでも損はないのである。
科学は科学者だけのものではない 鈴木大介の脳は回復する
評論される本の著者は科学者が圧倒的に多いが「脳は回復する、高次脳機能障害からの脱出」の著者は違う。鈴木大介氏は「貧困女子」に代表される底辺社会で苦戦する人達を取材するルポライターである。彼は40代で脳梗塞を発症し「高次脳機能障害」という障害者になる。
回復過程にある自分の脳が過去に取材した障碍者の脳に似ているのとリハビリを続けているうちに気づく。障碍者が社会に適応しづらいのは脳を発達させる機会が無かったことを発見する。
最貧困女子本を読んだ先生は、まず「高次脳機能障害」は口語としておかしい、高次脳機能障害の障害は人によって大きく異なり、この一言でくくるのは間違っていると怒るが、鈴木氏の難しい病状を簡易な言葉で伝えるレポートは科学者の視点があるとルポライター能力を高く評価して、問題児や障害者に関わる人はこの本をぜひ読んで欲しいと締めくくる。先生は、著名な科学者や記者の本だけが「科学の本」ではないと示している。
選ばれた本は科学知識の啓蒙や現代社会に警鐘を鳴らす本が多い。先生は未来を危惧しているようだ。全部を読むのは大変だが挑戦したい気にする罪作りな一冊。
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