本 「カーネギーの人を動かす」 人を動かす原則は存在した
山本五十六の有名な言葉「やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば人は動かじ」はよく知られているが、続きがあるのはご存知だろうか。あまり知られていないが「話し合い、耳を傾け、承認し、任せてやらねば、人は育たず」「やっている、姿を感謝で見守って、信頼せねば、人は実らず」と続く。
山本五十六とデール・カーネギー
面白いことにデール・カーネギーも同じことを言っている。山本五十六とカーネギーはほぼ同世代の人だが交流はない。上意下達で名高い大日本帝国の提督と、自由の国の知識人が同じ考えを持っている。人を動かす秘訣は古今東西を問わないのだろう。カ−ネギーはその秘訣を著書「人を動かす」に纏めている。政治、ビジネス、セールス(ビジネスの一部だが特に強調したい)において成功するヒントが満載である。
人を動かす原則は存在する
当たり前だが世界は人によって動いている。国家や国際組織、グローバル企業から街のレストラン、大学から幼稚園まで人が関わらない組織はない。組織を動かすことは人を動かすことである。誰もがそれを分かっている。しかし実際に人を動かそうとするとうまくいかない。
人を動かしたい思うのが人であれば、動かされるのも人である。自分がして欲しいことを、相手がしたいとは限らない。他人の望みを叶えるよりも、自分の望みを叶えて欲しいと思う。他人は自分の思う通りに動かないのが普通なのである。
だが世の中に他人に満足させながら動かせる人がいる。動かすだけでなく尊敬や感謝まで勝ち取ってしまう。最近は「ギバー」と言われる人たちだ。彼らは古くからある原則に従っている。カーネギーはその原則を多くの人のエピソードから教えてくれる。
相手への尊敬はまず名前で呼ぶこと
シド・レビィは、ニコデムス・パパドゥーロスという難しい名前のお得意さんを持っていた。たいていの人は、ニックと愛称で読んでいましたが、レビィは正式の名で呼びたいと考えた。「彼に会う日は、出かける前には、名前を繰り返し唱えて練習した。
『こんにちは、 ニコデムス・パパドゥーロス さん』とフルネームで挨拶した時の彼の驚きようと言ったらなかった。数分間、物が言えなかった様子である。やがて、こう言った。ー涙で頬を濡らしながらー『レビィさん、私がこの国にきてからもう15年、今の今まで誰一人、ちゃんとした名前で私を呼んでくれた人はいなかったんです』」
D・カーネギー 人を動かす PART2 人に好かれる6原則 名前を覚える 山口博(訳) 創元社
安倍晴明は源博雅に「お前は、博雅という名の呪がかかっているから博雅なのだよ」と言った(陰陽師、夢枕獏)名前はその人そのものである。名前を正しく呼ぶのは当然なのだがつい疎かにしてしまう。レビィ氏はそれは良くないと思い練習した。彼のパパドゥーロスへの尊敬が名前を正確に呼ぶことに繋がり、パパドゥーロスの心を動かした。もちろん商談は上手くいった。
中国の史記、刺客伝に「士は己を知る者の為に死す」がある。晋の武士である余譲は、自分を高く評価してくれた知伯を尊敬した。その知伯は死に追いやられる。余譲は仇を打つと決心してこの言葉を言った。自分を知ってもらうのは古代中国でも重要だった。名前を呼ぶのはその証なのだ。
人を動かす30の原則
カーネギーは「人を動かす三原則」「人に好かれる六原則」「人を説得する十二原則」「人を変える九原則」を解説している。
我々は他人からの賞賛を強く望んでいる、そして、それと同じ強さで人から避難されることを恐れる
ハンス・セリエ 同著
「人を動かす三原則」 は「盗人にも五分の理を認める」「重要感を持たせる」「人の立場に身を置く」である。アル・カポネは、自分が悪人ではなく篤志家と思っていた。犯罪者は批判や叱責を受け入れず逆に反発する。それよりも「盗人にも五分の理」で相手を認めることが更生に繋がる。
人は、承認されて初めて相手の意見を受け入れる。相手を承認するのは人を動かす最善の方法だ。リンカーンやマーク・トウェイン、幼稚園へ行きたくない子供を諭す父親の逸話によって、その効果が示される。
「人に好かれる六原則」は、「誠実な関心を寄せる」「笑顔を忘れない」「名前を覚える」「関心のありかを見抜く」「心からほめる」である。レビィ 氏の逸話も「名前を覚える」の章に入っている。「笑顔を忘れない」のも重要だ。スタインハート氏という人物がいた。彼は18年間しかめ面を続けていたが、ある日突然、笑顔を見せようと思う。笑顔を見せると人生が一変した。笑顔は人に好かれる一番簡単な方法なのだ。
「人を説得する十二原則」「人を変える九原則」 は三原則と六原則を詳しくした感じだが、営業に携わる人は必読の章である。一方的に売り込むセールスは限界がある。商談相手の気持ちを掴むことが大切なのだ。カーネギー自身の体験や実例で原則が紹介される。営業の人に参考になる話ばかりである。
カーネギーの原則は自分の体験のなかにある
「熟し柿戦術」が私の営業スタイルだった。商談を早急に成立させようとせず、顧客との人間関係の構築を優先する。すると熟した柿が自然に落ちるように商談が纏まるのである。若い営業マンから、そんな悠長なやり方はダメだ、決めてはプレゼンでありメリットの提案です、と文句を言われたが成約率は高かった。カーネギーも成約は長い付き合いを通じて相手の人格を認めることが極めて有効と言っている。柿も人間関係も熟成する期間がいるのである。
「人を動かす」を読むと、自分の体験にも多くのヒントがあるのに気づかしてくれる。取っ付き難いお客に釣りの話をしたら急に親しく話をしてくれた、レストランで間違った料理を出されて腹がたったが、対応が良くて店のファンになったとか、会社で役員に声をかけられて嬉しかった、名前で呼ばれてやる気がでた、マクドナルドの店員の笑顔はマニュアルと分かっていても嬉しいとか。自分の心が動された出来事に「人を動かす原則」がある。
人を動かすには名前で呼ぶ
セオドア・ルーズベルト大統領は、ホワイトハウスの使用人の名前を全て覚えていた。そのことで使用人たちは誇りを持って仕事をした。中国の宋の時代、枢密使(軍事長官)に曹彬という人がいた。彼は「小吏に接するにも、また礼をもってし、いまだかって名を持ってよばず」と尊敬された。
中国では名で呼ぶのは失礼であり字(あざな)で呼ぶのが礼儀だった。彼は役職の低い部下も字(あざな)を呼んだ。今でいえば「さん付け」だろう。名前を呼ぶ重要性は洋の東西は関係ないのである。
タイトルだけでも原則は学べる
カーネギーの原則は30ある。章のタイトルのひとつひとつが成功する格言になっている。中身を読まなくてもこれを実践するだけで人を動かせそうだが、紹介される味わい深い逸話を楽しむと、原則がより深く理解できる。悩みを抱えているなら似た話が必ず見つかるはずだ。
ただ、カーネギーの時代にはメールやラインは無かったので、その対処法は書かれていない。カーネギーならSNSをどのように使っただろう。31番目の原則が発見できるかもしれない。
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